安倍季尚
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/23 14:45 UTC 版)
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安倍 季尚(あべ すえひさ、1622年7月15日〈元和8年6月7日〉- 1709年1月31日〈宝永5年12月21日〉)は、篳篥を専門とした江戸時代前期の雅楽家である。
経歴
安倍季為の長男として京都に生まれた。彼の母は水戸家の医師である吉田祐益という人の女で、箏をたしなんでいたという。
季尚は雅楽の流派の一つ、京都方に属する安倍家の出身である。安倍家は代々篳篥を専門として、宮廷やそれと関係する寺院で雅楽の演奏にあたっていた。元禄3年(1690年)69歳の時、彼は大著である『楽家録』五十巻を完成させた。元禄12年(1699年)正四位上に叙され、同13年には伊勢守に任ぜられた。宝永5年(1709年)に87歳で亡くなり、京都の延寿寺に葬られた。
著書
- 『楽家録』50巻
- 『三鼓要録』6巻
- 『篳篥口決』
参考文献
- 『国史大辞典』「安倍季尚」の項
- 『日本人名大事典』「安倍季尚」の項
脚注
外部リンク
- デジタル版 日本人名大辞典+Plus、ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典『安倍季尚』 - コトバンク
- 文化デジタルライブラリー 雅楽 楽人列伝 安倍季尚 雅楽 GAGAKU|文化デジタルライブラリー
- 安倍季尚のページへのリンク