大瀧森右エ門
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/02 03:47 UTC 版)
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基礎情報 | ||||
四股名 | 大瀧 森右エ門 | |||
本名 | 不明 | |||
愛称 | 不明 | |||
生年月日 | 不明 | |||
没年月日 | 不明 | |||
出身 | 肥後国(熊本県) | |||
身長 | 不明 | |||
体重 | 不明 | |||
BMI | 不明 | |||
所属部屋 | 秋津嶋部屋 | |||
得意技 | 不明 | |||
成績 | ||||
現在の番付 | 引退 | |||
最高位 | 東大関 | |||
生涯戦歴 | 0勝0敗/0出(0場所) | |||
優勝 | 0 | |||
賞 | 0 | |||
データ | ||||
初土俵 | 宝暦8年3月場所 | |||
入幕 | 宝暦8年3月場所 | |||
引退 | 宝暦8年3月場所 | |||
引退後 | 不明 | |||
他の活動 | 不明 | |||
趣味 | 不明 | |||
備考 | ||||
大瀧 森右エ門(おおたき もりえもん、生没年不詳 )は、江戸時代の大相撲の第3代大関。肥後国(熊本県)出身。秋津嶋部屋所属。
当初は秋津島浪右衛門の弟子と伝えられる。寛延年間に小結・関脇を務めた後、宝暦8年(1758年)3月場所、江戸で1場所だけ東大関を務めたが、その後は大坂相撲へと移り、大坂相撲では同年5月前頭筆頭に在位した。『すまふ評林』には銀将加格として「三山より落つる大瀧名ぞ響く」と詠まれている[1]。
主な成績(江戸)
- 通算成績:不明(勝敗記録現存せず)
春場所 | 冬場所 | |||||
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1758年 | 東大関 –[2] |
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各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 休場 十両 幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
脚注
関連項目
外部リンク
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