大津和多理とは? わかりやすく解説

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大津和多理

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/27 07:16 UTC 版)

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大津和多理(おおつ わたり、1857年 - 1917年)は、近代北海道教育者学校法人北海学園の原型となる北海英語学校の創設者。愛称は、超然とした態度で髭を生やした風貌から仙人宮城県仙台市生まれ。

来歴

仙台藩藩士大津仁右衛門の次子として生まれ、幼少より読書を好み、伯父の蔵書を全て読破し話題になる。宮城英語学校時代に、西南戦争警視庁巡査として参加。その後、渡道し札幌農学校第三期生として卒業。物理数学を得意としたという。札幌県御用掛、開拓使勤務を経て、札幌県師範学校教諭となる。1885年師範学校を辞職し、北海英語学校を創立、初代校長に就任。同年3月15日豊平館にて開校式を挙行(入学者は140名余り)。設立の動機は、戴星義塾[1]の助教と教諭経験から、農学校予科受験のために、中等教育機関設立を痛感したためであった。はじめは、英語のみを教えていたが、後に教える科目を拡充している。1887年病気のため浅羽靖に校長職を譲る。晩年は、郷里で過ごしたという。

注記

  1. ^ 戴星義塾設立は、札幌農学校第一期生の佐藤勇。

参考文献

  • 北海道21世紀タイムス編集『北海学園120年の群像』(北海道21世紀タイムス、2005年)
  • 日外アソシエーツ編『学校創立者人名事典』(紀伊国屋書店、2007年)

関連項目

外部リンク

先代:
-
北海英語学校校長
初代: 1885年 ‐ 1887年
次代:
浅羽靖



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