大奥での生活
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/03 06:54 UTC 版)
御台所の住まう場所は、大奥「御殿向」の北西にある「松御殿」ないし「新御殿」と呼ばれる場所だった。居間に当たるのは「御上段」・「御下段」・「御休息」で、「御切形の間」が寝所に当たる。日常生活において、御台所が手を動かすことと言えば食事の時くらいで、その他の厠、爪切り、お召し替えなどでは全て女中たちが代わりに手を動かしてくれた。1回の食事のためにいつも10人前が用意され、そのうち2人前はお毒見役のための毒見用である。毒見を通過した御膳のうち、御台所が実際に食べるのはわずかに2人前(どの料理にも2箸しか手をつけず、もう1人前がおかわりの分だった)であり、残りの6人前は食事当番の女中が食べた。お召し替えは1日に5回。入浴、朝食前の「お朝召し」、総触れ(毎朝行なわれる将軍への謁見)前の「総触れ召し」、「お昼召し」、「お夕方召し」、「お寝召し」とがあった。
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