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壷林貴也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/05 23:34 UTC 版)

壷林 貴也(つぼばやし たかや、1971年6月5日 - )は日本のレーシングドライバー。神奈川県出身。

来歴

1992年FJ1600でレースデビュー。1994年ジム・ラッセル・レーシングスクールに入校し、卒業。また、フォーミュラ・ボクスホールに参戦。1995年からフォーミュラ4筑波シリーズに参戦、翌年にはシリーズチャンピオンを獲得。2004年にはワールドシリーズ・バイ・ニッサンにも参戦。また、同年から全日本GT選手権(現:SUPER GT)・GT300クラスにも参戦を開始。現在は、MINIによるワンメイクレース「MINIチャレンジ」のディレクターやスクールの講師として活動している。

戦績

  • 1992年 - FJ1600東北シリーズ
  • 1994年
    • 英国フォーミュラ・ボクスホール・ジュニア
    • 英国ジム・ラッセル・レーシングスクール卒業
  • 1995年 - F4筑波シリーズ(シリーズ2位)
  • 1996年 - F4筑波シリーズ(シリーズチャンピオン)
  • 1997年 - 全日本F3選手権<Rd.7&8>(PROKIDAI WITH TORII RACING #39 KDS ダラーラ トリイ トヨタ/ダラーラF396 トヨタ3S-G)
  • 1998年 - F4鈴鹿シリーズ
  • 2000年 - VWニュービートルカップ(シリーズ2位)
  • 2002年 - インターナショナル・ポッカ1000km S-Eクラス(ススキレーシング #34 ススキレーシングアドバンGTR/BNR34)
  • 2003年 - スーパー耐久・Class1(#99 CRT-PIRELLIポルシェ/996JGN)(シリーズ4位)
  • 2004年
    • ワールド・シリーズ・バイ・ニッサン<Rd.5~7>(Gabord Reyco #1/ダラーラSN01 VQ35DE)
    • 全日本GT選手権・GT300クラス<Rd.6,7>(TEAM LEYJUN #63 LEYJUNダンロップ320R/VEMAC RD320R C32B)
  • 2005年 - SUPER GT・GT300クラス<Rd.5,7,8>(ARKTECH MOTORSPORTS #112 ARKTECH RodeoDrive WAKO'S GT3/996GT3 M96/77)
  • 2006年
    • SUPER GT・GT300クラス<Rd.1>(A&S RACING #9 NOMAD ADVAN LeyJun MT/MT900R LS-1)
    • SUPER GT・GT300クラス<Rd.6>(ARKTECH MOTORSPORTS #110 TOTALBENEFIT GREENTEC BOXSTER/986 M96/77)(シリーズ28位)
  • 2007年
    • SUPER GT・GT300クラス<Rd.3,6>(ARKTECH MOTORSPORTS #111 KUMHO GREEN-TEC BOXSTER-GT/986 M96/77)
    • 全日本スポーツカー耐久選手権・LMGT1クラス<Rd.1>(ZIP SPEED #4 ZIPSPEED CORVETTE/C4 LS-1)
  • 2009年 - SUPER GT・GT300クラス<Rd.1~4>(ARKTECH MOTORSPORTS #111 石松 with ARKTECH GT3/996GT3 M96/73)

全日本フォーミュラ3選手権

チーム エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 順位 ポイント
1997年 PROKIDAI with TORII RACING トヨタ SUZ TSU MIN FSW SUZ SUG SEN
Ret
TRM
Ret
FSW SUZ NC 0

ワールド・シリーズ・バイ・ニッサン

チーム エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 順位 ポイント
2004年 Gabord Reyco 日産 JAR1 JAR2 ZOR1 ZOR2 MAG1 MAG2 VAL1 VAL2 LAU1
14
LAU2
14
EST1
Ret
EST2
16
CAT1
14
CAT2
Ret
VAL1 VAL2 JER1 JER2 NC 0

N1耐久シリーズ/スーパー耐久

チーム コ・ドライバー 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 順位 ポイント
2003年 砂子塾長 ポルシェ・911 1 SEN
3
SUZ
4
FSW
2
MIN
4
TOK
5
TAI
3
SUG
4
TRM
Ret
4位

十勝24時間レース

チーム コ・ドライバー 使用車両 クラス 周回 総合順位 クラス順位
2003年 砂子塾長
吉富章
塚原久
ポルシェ・911 Class1 936 5位 5位

全日本スポーツカー耐久選手権

チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 順位 ポイント
2007年 ZIPSPEED シボレー・コルベット LMGT1 SUG FSW
Ret
TRM OKA NC 0

全日本GT選手権/SUPER GT

チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 順位 ポイント
2004年 TEAM LEYJUN ヴィーマック・320R GT300 TAI SUG SEP TOK TRM AUT
16
SUZ
15
NC 0
2005年 ARKTECH MOTORSPORTS ポルシェ・ボクスター GT300 OKA FSW SEP SUG TRM
Ret
FSW AUT
12
SUZ
16
NC 0
2006年 A&S RACING モスラー・MT900R GT300 SUZ
13
OKA FSW SEP SUG 28位 6
ARKTECH MOTORSPORTS ポルシェ・ボクスター SUZ
10
TRM AUT FSW
2007年 GT300 SUZ OKA FSW
16
SEP SUG SUZ
Ret
TRM AUT FSW NC 0
2009年 ポルシェ・911 GT300 OKA
17
SUZ
15
FSW
13
SEP
11
SUG SUZ FSW AUT TRM NC 0

エピソード

  • ジム・ラッセル・レーシングスクールでは日本人として唯一講師の資格を有しており、同スクールの講師時代の教え子にはジェンソン・バトンが居る[1]
  • 幼少期はサッカーや野球等スポーツに高じており、特にサッカーでは小学生時代には神奈川県の決勝や湘南の選抜に選ばれる程の実力を持っている[2]
  • 18歳の時に免許を取得して以降、バイト先の先輩に誘われて峠に繰り出すようになり、車の優劣で勝ち負けが決まる事に納得がいかず、尚且つ当時F1ブームだった事もありレギュレーションである程度統一された中競うレースに興味を持ったのがレースを始める切っ掛けとなった[2]
  • 当時、大学進学の為浪人していたが、レーシングドライバーを志すに当たり通っていた予備校を辞め、親戚が営んでいた運送業を始め、アルバイトを掛け持ちして、1年間で500万円程集めた。その資金を元手にFJ1600を購入し、レースを始めた[2]

脚注

外部リンク




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