嘉義市_(1945年-1950年)とは? わかりやすく解説

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嘉義市 (1945年-1950年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/01 06:15 UTC 版)

嘉義市
台湾省省轄市

1945年 - 1950年

市章

嘉義市の位置
政庁所在地 北門区(1945年 - 1946年)
新北区(1946年 - 1950年)
歴史
 - 設置 1945年12月1日
 - 廃止 1950年10月25日
面積
 - 1948年 196.04km2
人口
 - 1948年 116,437 
     人口密度 593.9/km2
行政区画 8(1945年 - 1946年)
6区(1946年 - 1950年)
現在 嘉義市
嘉義県水上郷
嘉義県太保市

嘉義市(ジアーイー/かぎ-し)は、かつて中華民国台湾省に存在した省轄市

沿革

1945年昭和20年/民国34年)10月25日日本の敗戦に伴って台湾中華民国国民政府に接収(台湾光復)され、台湾省が設置された。同年12月1日に台湾省の省轄市として嘉義市が設置され、東門西門北門南門八奨竹囲北鎮東山の8が設置された[1][2][3]

1946年(民国35年)7月、行政区の統廃合及び隣接する台南県水上郷太保郷の編入を行い、新東新西新南新北・水上・太保の6区となった[1][2]

1950年(民国39年)10月25日、「台湾省地方自治実施綱要」に基づき、台湾省全体で行政区画の大規模な改編が行われた[3]。嘉義市は廃止されて新東鎮・新西鎮・新南鎮・新北鎮・水上郷・太保郷に再編され、台南県から分離して新たに設置された嘉義県に編入された[1]1951年(民国40年)に新東・新西・新南・新北の4鎮が合併し、嘉義県の県轄市としての嘉義市が成立した[1][3]

歴代市長

氏名 就任 退任
代理 陸公任 1945年11月19日 1945年12月1日
1 陳東生 1945年12月1日 1946年12月12日
2 孫志俊 1946年12月12日 1947年7月2日
3 宓汝卓 1947年7月2日 1948年7月
4 林伏濤 1948年7月 1949年6月
5 謝掙強 1949年6月 1950年3月18日
代理 顧鴻伝 1950年3月18日 1950年9月
6 羅仲若 1950年9月 1950年10月25日

脚注

注釈

出典

  1. ^ a b c d 臺灣建制市的市轄區變遷” (中国語). 聯邦的誕生. 2024年7月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年12月1日閲覧。
  2. ^ a b 《嘉義縣志,政事志,卷三》,頁100-104” (中国語). 2015年12月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年12月1日閲覧。
  3. ^ a b c 嘉義的歷史沿革” (中国語). 嘉義市政府. 2024年12月1日閲覧。



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