単于庭
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/12 05:42 UTC 版)
匈奴単于の直轄地(単于庭)、すなわち都の位置について、『史記』や『漢書』では領国中央の「代郡、雲中郡の北」にあったとしており、内田吟風は情勢によって時折所在を変えており、非常時にはケルレン河畔に一時的に遷したが、原則的には、フフホト付近にあり、児単于(在位:紀元前105年 - 紀元前102年)以降はカラコルム付近にあったとしている。
※この「単于庭」の解説は、「匈奴」の解説の一部です。
「単于庭」を含む「匈奴」の記事については、「匈奴」の概要を参照ください。
- 単于庭のページへのリンク