千葉興常とは? わかりやすく解説

千葉興常

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/06/13 15:55 UTC 版)

Jump to navigation Jump to search

千葉 興常(ちば おきつね)は、日本の室町時代戦国時代)の武将。父は千葉胤盛、養父は伯父(胤盛の兄)の千葉介胤朝(たねとも)。

生涯

生誕年は不詳。早くに父・胤盛と死別したことから周防大内氏のもとで育てられ、元服時に烏帽子親となった大内義興から偏諱の授与を受けて初名の胤棟(たねむね)から興常に改名した。

文明18年(1486年)胤朝が暗殺されるとこれに少弐政資が介入し、政資の弟が千葉胤資として新当主に擁立される。これをきっかけに九州千葉氏は分裂し、大内氏の後援を受ける興常が祇園城(千葉城)を本拠とした祇園千葉氏(東千葉氏)の初代となる。明応6年(1497年)に大内義興少弐政資を攻め滅ぼした後には大内氏の肥前守護代に任命され[1]、威勢を振るった。

命日は天文元年(1532年)6月5日、または天文9年(1540年)6月4日とされる[2]。法名、本光寺殿、日慶。

家督を継いだ次男の丹波守喜胤もまもなく天文11年(1542年3月29日、34歳という若さでありながらも病への悩みが原因で自殺してしまったため、その跡は婿養子となった千葉胤頼(少弐政資の孫)が継いでいる。

偏諱を与えた人物

関連項目





固有名詞の分類

このページでは「ウィキペディア」から千葉興常を検索した結果を表示しています。
Weblioに収録されているすべての辞書から千葉興常を検索する場合は、下記のリンクをクリックしてください。
 全ての辞書から千葉興常 を検索

英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「千葉興常」の関連用語

千葉興常のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



千葉興常のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの千葉興常 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS