北村湖元とは? わかりやすく解説

北村湖元

読み方きたむら こげん

江戸中期歌人。湖春の子和歌浦に補せられ、再昌院法印と号す。寛延2年(1749)歿、74才。

北村湖元

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/29 15:51 UTC 版)

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北村 湖元(きたむら こげん、延宝4年(1676年) - 寛延2年5月4日1749年6月18日))は、江戸時代前期の歌人俳人、和学者。通称は季根、湖源、別号は信安斎、再昌院。北村季吟の孫。

経歴

北村湖春が季吟に先立ち早世していたため、宝永2年(1705年)に季吟が没すると、弟季任に三百石を分与した上でその遺跡と継承し、奥医師並に勤務し、やがて祖父、父同様歌学所に出仕して歌学方を務め、将軍徳川綱吉らを相手に和歌の指南に励んだ。綱吉が薨去した折には、一時歌学方を退き寄合となっていたが、まもなく復帰して再び歌学の教導に貢献した。墓所は四谷の日宗寺にある。

参考文献

『江戸文人辞典』 東京堂出版、ISBN 4490104278




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