劉焉の益州入り
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/23 08:07 UTC 版)
漢の皇族の1人である劉焉は益州出身の学者の董扶より「益州に天子の気がある」との進言を受けていた。それを信じた劉焉は、皇帝の霊帝に対して、「清廉な重臣を選んで、軍権を持つ州牧に任じるべき」と建議して認められ、188年に郤倹の更迭(実際には既に馬相らに殺害されていた)を受け、益州牧に任命された。劉焉は賈龍らに迎えられ、益州入りした。
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