初期と亡命
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 02:44 UTC 版)
「フランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアン」の記事における「初期と亡命」の解説
コンブール伯爵ルネ=オギュストの子として、ブルターニュのサン・マロに生まれた。父ルネ=オギュストは戦時には私掠船の船長であるが、平和な時期にはタラ漁や奴隷貿易に従事して商人として成功を収めていた。フランソワ=ルネは彼の10番目の子であった。兄弟4人は幼くして死んでいる。幼いフランソワ=ルネは両親から離れて暮らさねばならず、母方の祖母ベデ夫人のもとで育った。彼が3歳の時に父がコンブール城を購入したため、1777年から城に移り住んだ。彼はドル=ド=ブルターニュ、レンヌ、ディナンの各コレージュで学び、第5歩兵連隊に17歳で入隊した。父の死により退役、1788年にパリに出て多くの文人と知り合った。1789年1月、ブルターニュ議会(fr)に参加、同年の7月には姉ジュリー、リュシルとともにバスティーユ襲撃を目撃している。
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