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入間野武雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/23 22:07 UTC 版)

入間野 武雄(いるまの たけお、1890年明治23年〉1月6日[1][2] - 1958年昭和33年〉7月3日[1][2])は、日本大蔵官僚。帝国銀行2代目頭取、日本専売公社総裁

経歴

岩手県胆沢郡水沢町(のち水沢市、現在の奥州市)出身[3]。 1904年、水沢で小学校を終えると上京し東京市赤坂区霊南坂町十七番地の従兄弟[4]にあたる斎藤実方に単身寄留[5]。 東京府立一中(現・東京都立日比谷高等学校[6]旧制一高を経て[2]、1914年高等文官試験に合格[7]。同年東京帝国大学法学部政治学科卒[1]

大蔵省入省後、横須賀・厩橋各税務署長、名古屋税務監督局経理部長、神戸税関総務課長、東京税務監督局経理部長、同局間税部長、大蔵事務官、主税局勤務、銀行検査官、営繕管財局総務部長、1932年内閣総理大臣秘書官兼大蔵書記官、1934年銀行検査官兼営繕管財局理事、大臣官房会計課長、専売局販売部長、造幣局長、預金部長、1937年銀行局長、1940年退官。同年十五銀行副頭取、翌年同頭取、1944年帝国銀行副頭取、翌年同頭取、1946年退職。戦後、公職追放となる。1950年追放解除、1953年専売公社総裁、1957年退職。翌年死去。

栄典

脚注

  1. ^ a b c 『日本近現代人物履歴事典』77頁。
  2. ^ a b c 『岩手人名辞典』100頁。
  3. ^ 『岩手県姓氏家系歴史人物大辞典』73頁。
  4. ^ 斎藤実の母・菊次刀自は、入間野の父・専次郎の姉にあたる。
  5. ^ 【寄稿】斎藤家御親戚 入間野宏. 奥州市立斎藤實記念館、更新日:2023年09月29日
  6. ^ 『東京府立第一中学校五十年史』巻末「如蘭会員及現在生徒名簿」(東京府立第一中学校、1929年)参照
  7. ^ 『日本官僚制総合事典1868-2000』217頁。
  8. ^ 『官報』第4438号・付録「辞令二」1941年10月23日。

参考文献

  • 秦郁彦編『日本近現代人物履歴事典』東京大学出版会、2002年。
  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典1868-2000』第2版、東京大学出版会、2007年。
  • 『岩手人名辞典』(財)新渡戸基金、2009年。
  • 岩手県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会 編著『岩手県姓氏家系歴史人物大辞典』角川書店、1998年。



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