傑堂能勝とは? わかりやすく解説

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傑堂能勝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/18 13:55 UTC 版)

傑堂 能勝
1355年文和4年) - 1427年(応永34年)8月7日
生地 河内国
宗旨 曹洞宗
宗派 曹洞宗総持寺派
寺院 耕雲寺新潟県村上市)等
古剣智訥、通幻寂霊梅山聞本(嗣法)
弟子 顕窓慶字(嗣法)、南英謙宗
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傑堂 能勝(けつどう のうしょう、1355年文和4年) - 1427年応永34年)8月7日)は、室町時代曹洞宗

生涯

能勝は初め「音に聞こゆ武人」であったが、24歳の時(1378年)に戦傷を負ったことがきっかけで、仏門に入った[1]。当初、1378年永和4年)に古剣智訥から臨済宗法燈派を学んだが、のちに曹洞宗に転向して通幻寂霊梅山聞本に師事し、特に梅山のもとで頭角を現してその法を嗣いだ[1]

越後に赴任し、1394年応永元年)に耕雲寺新潟県村上市)を、また1403年応永10年)には慈光寺(新潟県蒲原郡村松町)を開基し、一時常陸にも赴いたが、晩年は越後に戻った[2]。弟子に顕窓慶字や南英謙宗などがいる[1]

また能勝を楠木正勝と同一人物とする説もあるが定かではない(楠木正勝#曹洞宗を参照)[3][4]

脚注

  1. ^ a b c 今枝愛真「傑堂能勝」『国史大辞典』吉川弘文館、1997年。
  2. ^ 今枝 1997.
  3. ^ 藤田精一『楠氏研究』(増訂四)積善館、1938年
  4. ^ 藤田精一『楠氏後裔楠正具精説』湊川神社、1938年



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