佐伯清久とは? わかりやすく解説

佐伯清久

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/02 09:52 UTC 版)

佐伯清久
基本情報
国籍 日本
出身地 滋賀県出身(富山県出生)
生年月日 (1971-03-12) 1971年3月12日(54歳)
身長 164.0cm
体重 48.0kg
血液型 AB型
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会
所属厩舎 栗東・高橋成忠(1989年-2005年)
初免許年 1989年
免許区分 平地競走障害競走
騎手引退日 2004年10月3日
(最終騎乗)
重賞勝利 未勝利
通算勝利 77勝
経歴
所属 栗東トレーニングセンター(1989年-2005年)
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佐伯 清久(さえき きよひさ、1971年3月12日 - )は、日本の元騎手日本中央競馬会所属)。滋賀県出身。

騎手時代は平地競走障害競走の両方に騎乗していた。重賞は未勝利だったが、通算77勝のうち6番人気以下での勝利が27勝を数え、穴騎手として知られた。

現在は皮革製品を製作する職人・実業家。

経歴

中学生のときに騎手を志し[1]、1989年、JRA競馬学校を第5期生として卒業して騎手免許を取得し、高橋成忠厩舎からデビュー。同期には田中勝春佐藤哲三角田晃一らがいる。

平地初騎乗は1989年3月4日、中京競馬第6競走のサマースキーで、15頭立ての12着。平地初勝利は1989年3月11日の阪神競馬第12競走のメイショウアサカゼで挙げた。デビュー5戦目での事だった。障害初騎乗は1996年6月8日、中京競馬第5競走のツジキコウシで、11頭立ての10着。障害初勝利は1998年9月13日の阪神競馬第5競走のシリウスランドで挙げた。

1990年3月4日、ペガサスステークスでグレートベエストに騎乗し平地重賞初騎乗(10着)。1990年12月16日、スプリンターズステークスでメイショウサンダーに騎乗し平地GI初騎乗(12着)。1998年11月21日、京都大障害(秋)でシリウスランドに騎乗し障害重賞初騎乗(競走中止)。

障害競走での負傷が多く、成績が伸び悩んだ[1]。2004年、調教中に手首を負傷したことから騎手引退を考えるようになり、もともと手先が器用だったことから「物作りの仕事をしたい」と決断し[1]、2005年2月28日をもって騎手免許を返上し引退。通算成績は1948戦77勝(平地競走1743戦66勝、障害競走205戦11勝)。

騎手時代から独学で皮革製品の製作を始め[1]、引退後にブランド「Bull'z-F」を立ち上げ本格的な活動を開始した。最初は経営が苦しく開業時の貯金が尽きかけていたところ、2007年の天皇賞(秋)を制したメイショウサムソンの祝勝会に招かれた時に、オーナーである松本好雄から財布など計150点の注文を受け、これが競馬関係者などを中心に好評となったことから経営が少しずつ軌道に乗るようになった[1][2]。一般的な皮革製品のほか、乗馬において装着するチャップスと呼ばれる製品の製作も手がけている。

おもな騎乗馬

出典

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