五覇とされる人物とは? わかりやすく解説

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五覇とされる人物

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/21 02:51 UTC 版)

春秋五覇」の記事における「五覇とされる人物」の解説

五覇」という言葉は、『孟子告子下に見えるが、孟子は斉の桓公以外の具体的な名前をあげていない後漢趙岐注では 斉の桓公在位紀元前685年 - 紀元前643年) 晋の文公在位紀元前636年 - 紀元前628年) 秦の穆公在位紀元前659年 - 紀元前621年) 宋の襄公在位紀元前651年 - 紀元前637年荘王在位紀元前614年 - 紀元前591年) の5人を挙げている。応劭風俗通義』五伯篇、『史記十二諸侯年表につけられた唐の司馬貞史記索隠』も同様である。 これに対して、『荀子王覇篇では、秦の穆公・宋の襄公がなく、それにかえて 呉王闔閭在位紀元前515年 - 紀元前496年) 越王勾践在位紀元前496年 - 紀元前465年) の2人をあげている。 他の書物も大体この7人のうちから5人を挙げている。ただし、『漢書』諸王侯表につけられ顔師古注は闔閭ではなく夫差含めている。 清の全祖望は以上の説を非とし、斉の桓公以外はすべて晋の人物であるとして、文公襄公景公悼公覇者とした。 斉の桓公と晋の文公は必ず入るので春秋五覇代表として斉桓晋文と言う春秋五覇組合せは以下のようになる。○は五覇含まれる人、×は含まれない人を示す。 春秋五覇組合せ覇者史記索隠』『荀子王覇白虎通』号篇 『四子講徳論『漢書』全祖望『辞通』鄭の荘公× × × × × × ○ 斉の桓公○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 秦の穆公○ × ○ ○ ○ × ○ 宋の襄公○ × × × ○ × × 晋の文公○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 晋の襄公× × × × × ○ × 晋の景公× × × × × ○ × 晋の悼公× × × × × ○ × 荘王○ ○ ○ ○ × × ○ 呉王闔閭× ○ ○ × × × × 呉王夫差× × × × ○ × × 越王勾践× ○ × ○ × × ×

※この「五覇とされる人物」の解説は、「春秋五覇」の解説の一部です。
「五覇とされる人物」を含む「春秋五覇」の記事については、「春秋五覇」の概要を参照ください。

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