中村栄忠による創建
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/22 17:27 UTC 版)
大岳院は慶長10年(1605年)、米子藩重臣で打吹城(倉吉城)主の中村栄忠により、父・中村一栄(1604年没)の菩提寺として現在地に創建された。中村一栄は、豊臣政権三中老で駿府城主であった中村一氏の弟で、駿河時代には沼津城(三枚橋城)を預かっていた。慶長5年(1600年)、一氏の子・中村一忠が米子に移されると、一栄は八橋城主となった。 父の後を継いだ栄忠は拠点を倉吉に移し、このため本寺も当地に創建されることになった。山号と院号は一栄の法名「萬祥寺殿大岳周碵大居士」に因んでいる。開基には一栄を据え、一栄の実兄である孝山智順を開山とした。しかし、中村氏は1609年に改易された。
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