下総守藤原親通の横槍
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/21 08:48 UTC 版)
保延2年(1136年)7月15日、下総守の藤原親通が千葉常重を逮捕・監禁するという事件が起きる。理由は相馬郡の公田からの官物が国庫に納入されなかったというもので、おそらくは過去に遡って数年分であったろうといわれる。藤原親通は千葉常重から相馬郷・立花郷の両郷を官物に代わりに自分に進呈するという内容の新券(証文)を責め取って、私領としてしまう。後述の千葉常胤の寄進状にある「其後国司藤原朝臣親通在任之時、号有公田官物未進、同二年七月十五日、召籠常重身経旬月之後、勘負准白布七百弐拾陸段弐丈伍尺五寸、以庁目代散位紀朝臣季経、同年十一月十三日、押書相馬立花両郷之新券恣責取署判、妄企牢籠之刻」のくだりがこれに相当する。
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