上福田岩屋古墳とは? わかりやすく解説

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上福田岩屋古墳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/05 20:04 UTC 版)

上福田岩屋古墳

墳丘・石室開口部
別名 上福田7号墳
所属 上福田古墳群
所在地 千葉県成田市上福田
位置 北緯35度48分55.62秒 東経140度17分3.95秒 / 北緯35.8154500度 東経140.2844306度 / 35.8154500; 140.2844306 (上福田岩屋古墳)座標: 北緯35度48分55.62秒 東経140度17分3.95秒 / 北緯35.8154500度 東経140.2844306度 / 35.8154500; 140.2844306 (上福田岩屋古墳)
形状 方墳
規模 一辺34m
高さ6m
埋葬施設 横穴式石室
築造時期 7世紀
史跡 成田市指定史跡「上福田岩屋古墳」
地図
上福田岩屋
古墳
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上福田岩屋古墳(かみふくだいわやこふん、上福田7号墳)は、千葉県成田市上福田にある古墳。形状は方墳。上福田古墳群を構成する古墳の1つ。成田市指定史跡に指定されている。

概要

千葉県北部、印旛沼北部東岸の台地上に築造された大型方墳である。1997年度(平成9年度)に測量調査が実施されている。

墳形は方形で、主軸は北から西に振れ、南東辺34メートル・北東辺30.4メートル・北西辺31メートル・南西辺(道路側)31メートルを測る(推定復元一辺34メートル・高さ約6メートル)。墳丘は2段築成[1]。墳丘周囲には周溝の存在が推測される[1]。埋葬施設は墳丘裾における横穴式石室で、南東方向に開口する。一帯の古墳に特徴的な貝化石岩を使用して構築された石室になるが、特に本古墳の場合は玄室の長辺に羨道が接続してT字形の平面形を呈する特異な構造である。副葬品は詳らかでない。築造時期は古墳時代終末期7世紀代と推定される。

古墳域は2023年令和5年)に成田市指定史跡に指定されている。

遺跡歴

埋葬施設

石室俯瞰図
石室展開図

埋葬施設としては、墳丘南東裾において横穴式石室が構築されており、南東方向に開口する。玄室の長辺中央部に羨道が接続し、平面形としてはT字形をなす。石室のうち玄室の規模は、長さ約2メートル・幅2.8メートル・高さ約2.4メートルを測る[1]

石室の石材は、貝化石を多量に含む木下貝層の凝灰質砂岩の切石で、互目積みによって構築される。奥壁・側壁・前壁はいずれも内側に持ち送り、ドーム状を呈する。羨道も内側に持ち送り、入り口左右には板石を立てる。玄室の床面は仕切り石で3分割する。

文化財

成田市指定文化財

  • 史跡
    • 上福田岩屋古墳 - 2023年(令和5年)5月1日指定。

脚注

参考文献

(記事執筆に使用した文献)

関連文献

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関連項目




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