ラーマチャンドラン党首時代(1972~1987)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/26 07:50 UTC 版)
「全インド・アンナー・ドラーヴィダ進歩党」の記事における「ラーマチャンドラン党首時代(1972~1987)」の解説
DMK主導の州政府は、当時AIADMKと協力関係にあったインド国民会議(INC)が中央政府を主導することになり、州政府解任権を発動したことから、第2次カルナーニディ内閣は総辞職した。それから間もない1977年の州議会選挙でDMKは敗退し、州政府はAIADMKが主導することとなって、ラーマチャンドランが州首相に就任した。 1980年には、協力関係を断ったINCがローク・サバー(インド下院)総選挙で州内過半数を獲得したDMKと連携することになり、第1次ラーマチャンドラン内閣はINC主導の中央政府により解任権を発動され総辞職した。しかし、続く州議会選挙でAIADMKはDMKを抑えて勝利し、再びラーマチャンドランは州首相に就任して第2次内閣を組閣した。 1984年の州議会選挙では、ラーマチャンドランが体調を崩して国外で入院していたにもかかわらず、AIADMKは辛うじて勝利を収めた。民衆のAIADMKに対する広い支持は、人気の映画俳優であったラーマチャンドランの人格によるところが大きいとされるが、第3次内閣を組閣したラーマチャンドランは、1987年12月24日に死去するまで、継続して州首相の座にあり続けた。
※この「ラーマチャンドラン党首時代(1972~1987)」の解説は、「全インド・アンナー・ドラーヴィダ進歩党」の解説の一部です。
「ラーマチャンドラン党首時代(1972~1987)」を含む「全インド・アンナー・ドラーヴィダ進歩党」の記事については、「全インド・アンナー・ドラーヴィダ進歩党」の概要を参照ください。
- ラーマチャンドラン党首時代のページへのリンク