ラウル・ロハスとは? わかりやすく解説

ラウル・ロハス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/10/03 04:50 UTC 版)

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ラウル・ロハス
基本情報
階級 フェザー級
国籍 アメリカ合衆国
誕生日 (1941-11-05) 1941年11月5日
出身地 アメリカ合衆国
カリフォルニア州サンペドロ
死没日 (2012-05-20) 2012年5月20日(70歳没)
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 47
勝ち 38
KO勝ち 24
敗け 7
引き分け 2
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ラウル・ロハスRaul Rojas1941年11月5日 - 2012年5月20日)は、アメリカ合衆国出身の男性プロボクサーメキシコ系アメリカ人。カリフォルニア州サンペドロ生まれ。身長163cm、リーチ157cm。元WBA世界フェザー級チャンピオン。

日本では、西城正三がタイトルを奪った相手として、また沼田義明の奇跡の逆転劇の相手として知られる。

来歴

1963年1月15日、プロデビュー。以後1引分けを挟んで23連勝を飾り、1965年5月7日に無敗のまま時のWBAWBC世界フェザー級王者ビセンテ・サルディバルに挑んだ。強豪王者相手に健闘したが、最終回に力尽き15回KO負け。

1968年3月28日、空位のWBA世界フェザー級王座決定戦でエンリケ・ヒギンズを判定に破り、念願のタイトルを獲得した。

1968年6月6日西城正三とのノンタイトル戦で敗れ、同年9月28日に今度はタイトルを賭け西城と戦うが、そのスピードについて行けず15回判定負け、初防衛はならなかった。

1970年9月27日、階級をジュニアライト級に上げ、沼田義明の持つWBC王座に挑戦した。4回まではロハス優勢の展開だったが、5回、沼田の放ったただ一撃の右アッパーカットに沈み、KO負けを喫した。同年引退。

2012年5月20日死亡[1]

通算戦績

47戦38勝(24KO)7敗2引分け

脚注

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関連項目

外部リンク

空位
前タイトル保持者
ビセンテ・サルディバル
WBA世界フェザー級王者

1968年3月28日 - 1968年9月27日

次王者
西城正三




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