モトーリ・モデルニ時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/02 16:15 UTC 版)
「カルロ・キティ」の記事における「モトーリ・モデルニ時代」の解説
1984年にはキティは新たな会社モトーリ・モデルニの設立のためにアウトデルタを去り、フォーミュラ1用のエンジンの製造に集中することとなった。当初はV6ターボエンジンを製造し、1985年から参戦したイタリアのチームのミナルディが使用した。 フォーミュラ1にはミナルディとともに1987年まで参戦し、その後はグループC(C2)マシンに搭載され、世界スポーツプロトタイプカー耐久選手権(WSPC)に参戦した。 フォーミュラ1でターボの使用が禁止されるとあらたにフラット12気筒3.5lエンジンを設計した。このエンジンは1990年シーズンにスバルのバッジをつけられコローニによって使用されたが、重量がかさみまったくの失敗であった。その結果コローニはこのエンジンの使用をシーズン途中で止め、コスワースに変更された。
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