マイナーチーム~カブス時代(1960年 - 1964年)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/02 08:50 UTC 版)
「ルー・ブロック」の記事における「マイナーチーム~カブス時代(1960年 - 1964年)」の解説
カブスとの契約後、まずはマイナーチームで始動することになり、初年度の1961年はセントクラウド・ロックス(ミネソタ州セントクラウド)にてプレーし、打率.361の高打率をマークする。 カブス陣営もブロックの高打率を聞いて昇格を決め、同年シーズン終盤に入った1961年9月10日にカブスに昇格してメジャーデビューを果たす。翌1962年からレギュラーとしてメジャーに定着し、同年はポロ・グラウンズでのニューヨーク・メッツ戦で歴代4人しかいないというセンターフィールドに叩き込む本塁打を放っている。 もっとも、主だったのはブロックの俊足であるが、当時のカブス陣営にはあまり注目されず、続く1963年のシーズンを通して打率.260しか挙げられなかったこともあり、1964年6月15日にジャック・スプリング、ポール・トスとともに、アーニー・ブロリーオ、ダグ・クレメンス、そして1952年のMVPでゴールドグラブ賞8度のボビー・シャンツとのトレードでセントルイス・カージナルスに移籍することとなった。
※この「マイナーチーム~カブス時代(1960年 - 1964年)」の解説は、「ルー・ブロック」の解説の一部です。
「マイナーチーム~カブス時代(1960年 - 1964年)」を含む「ルー・ブロック」の記事については、「ルー・ブロック」の概要を参照ください。
- マイナーチーム~カブス時代のページへのリンク