フランス王位請求者として
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/25 06:48 UTC 版)
「ルイス・アルフォンソ・デ・ボルボーン」の記事における「フランス王位請求者として」の解説
1992年8月25日、ルイス・アルフォンソはエーグ=モルト(ルイ9世が建設した町)の名誉町民号を当時の町長だったルネ・ジャノから贈られた。 フェリペ5世がユトレヒト条約でフランス王位継承権を放棄したことは、レジティミストとオルレアニストの間で長らく論争の種となっている。レジティミストは、フランス王位はサリカ式継承法に従って定められており、いかなる条約もフランスの王位継承に干渉することはできないと主張している。 1994年6月16日、ルイ16世がアメリカ独立戦争を支援したことから、ブルボン家家長としてフランスのシンシナティ協会の正会員となった。 2010年12月、フランス革命後に持ち去られたアンリ4世の頭部をサン=ドニ大聖堂に改葬するためにニコラ・サルコジ大統領に協力を求めて、一旦は了承されたが、政権が変わってフランソワ・オランドが大統領になると、これを却下された。
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