ノマデスとヌミダエ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/10/19 05:58 UTC 版)
ポエニ戦争に従軍した歴史家ポリュビオスは、騎兵として重きをなした北アフリカの半遊牧集団のことをギリシア語で「遊牧民」を意味する「ノマデス」(νομάδες, 単数形はノマス νομάς)と呼んだ。この呼称は北アフリカの他の住民「リユビエス」(リビア人)と区別したものとも考えられるが、特定の部族を指す固有名詞ではなかったという見解もある。 後のマシニッサ王による王国統一後に、カエサルや歴史家のティトゥス・リウィウスらはこの地域の住民をラテン語で「ヌミダエ」(Numidae)すなわち「ヌミディア人」と記した。これはより特定の集団を指した固有名詞的な呼称であると考えられている。しかし、これはあくまでローマ側からの呼称に過ぎず、マシニッサの王家では「マッシュリー」と自称していた。
※この「ノマデスとヌミダエ」の解説は、「ヌミディア人」の解説の一部です。
「ノマデスとヌミダエ」を含む「ヌミディア人」の記事については、「ヌミディア人」の概要を参照ください。
- ノマデスとヌミダエのページへのリンク