ニューオーリンズへの旅
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/03 03:22 UTC 版)
「エイブラハム・リンカーンの前半生」の記事における「ニューオーリンズへの旅」の解説
リンカーンはジョン・ジョンストンやジョン・ハンクスと共に、スプリングフィールドで落ち合い、荷物をニューオーリンズまで運ぶというデントン・オファットからの仕事を引き受けた。1831年4月下旬あるいは3月初旬にスプリングフィールドからサンガモン川で出発したその船はスプリングフィールドの北西20マイル (32 km) のニューセイラムの集落にあった製材所用ダムを越えるのが難しかった。オファットはニューセイラムのある場所は蒸気船がサンガモン川を上がって来られると考えてこの場所が気に入り、製材所を借り、雑貨屋を開く手配をした。リンカーンは店員として雇われ、荷物をニューオーリンズまで運んだ後はニューセイラムに戻ることにした。リンカーン達はルイジアナ州に到着したときに、船荷を奪おうとする奴隷達に襲われた。 ニューオーリンズに滞在している間に、リンカーンは奴隷売買を目撃し、その後半生で消すことのできない印象を残した。かなりの数の奴隷がいたこの国に住んで、この時実際に奴隷売買を目撃したにしろしなかったにしろ、おそらく似たような非道行為を何度も目にした可能性がある。何れにしてもニューオーリンズを初めて訪れたときに見た大規模な奴隷市場は若いリンカーンにとっては新しい体験だった。奴隷の輸入は1808年にアメリカ合衆国議会が違法とし、トーマス・ジェファーソン大統領が署名して立法されていたが、アメリカ合衆国国内では奴隷の売買が盛んだった。
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