デビューから道営転入まで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/23 07:11 UTC 版)
「コトノアサブキ」の記事における「デビューから道営転入まで」の解説
3歳となった1977年に川崎競馬場でデビュー後3連勝し、南関東三冠(当時は羽田盃・東京ダービー・東京王冠賞)の有力馬と目されたが、重度の屈腱炎を発症したためその後は低迷、4歳となった翌1978年は羽田盃が10着、東京ダービーが5着など勝てず、東京ダービー出走を最後に名古屋競馬場へ転出した。 名古屋では条件戦を3連勝したが、屈腱炎からくる脚部不安が常について回る状態で満足に調教もできず、1年1か月休養。5歳時に復帰初戦を勝利したものの、再び屈腱炎の兆候を示し始めたためまたも休養に入った。コトノアサブキの非凡な能力を確信していた担当装蹄師が当時岩見沢競馬場所属だったことから、昼夜を問わず脚元を管理するため自分の身近に置いてほしいとの進言もあり、脚元の手厚いケアを受けながら再起を期すべく、オーナーサイドはコトノアサブキを道営・黒川武厩舎へ移籍させることを決めた。
※この「デビューから道営転入まで」の解説は、「コトノアサブキ」の解説の一部です。
「デビューから道営転入まで」を含む「コトノアサブキ」の記事については、「コトノアサブキ」の概要を参照ください。
- デビューから道営転入までのページへのリンク