ジョスリン・パーシー (第11代ノーサンバランド伯)とは? わかりやすく解説

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ジョスリン・パーシー (第11代ノーサンバランド伯)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/10 16:24 UTC 版)

ジョスリン・パーシー
Josceline Percy
第11代ノーサンバランド伯
第11代ノーサンバランド伯ジョスリン・パーシー、
ゴドフリー・ネラー画(1670年/1673年)
在位 1668年 - 1670年

出生 (1644-07-04) 1644年7月4日
死去 (1670-05-31) 1670年5月31日(25歳没)
配偶者 エリザベス・リズリー
子女 エリザベス
ヘンリー
家名 パーシー家
父親 第10代ノーサンバランド伯アルジャーノン・パーシー
母親 エリザベス・ハワード
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第11代ノーサンバランド伯ジョスリン・パーシー(Josceline Percy, 11th Earl of Northumberland, 1644年7月4日 - 1670年5月31日)は、イングランドの貴族。第10代ノーサンバランド伯アルジャーノン・パーシーと第2代サフォーク伯セオフィラス・ハワード英語版の娘エリザベスの子。

生涯

1668年に父が亡くなると爵位を継承したが、わずか2年後の1670年、妻と共にイタリアトリノ滞在中に熱病にかかり25歳の若さで死亡。1669年に息子ヘンリーに先立たれていたため爵位とパーシー家男系は断絶した。イングランド王チャールズ2世は空位となったノーサンバランド伯位を狙い、1674年に自分の庶子ジョージ・フィッツロイに与えた。更に1683年にはノーサンバランド公に昇叙させたが、1716年にジョージが子供の無いまま死亡したため爵位は消滅した[1][2]

一方、ジョスリン亡き後は一人娘エリザベスが残されたが、広大な遺領を狙う貴族たちに3回政略結婚させられ、最終的にエリザベスの3度目の結婚相手である第6代サマセット公チャールズ・シーモアがパーシー家の遺領を獲得した。しかし1750年にエリザベスとサマセット公の息子の第7代サマセット公アルジャーノン・シーモアが死亡してシーモア家も男系が断絶すると、彼の娘エリザベスと結婚したヒュー・スミソンがパーシー家に復姓中国語版してノーサンバランド伯位とパーシー家は復活、ヒューの代で公爵に昇格してノーサンバランド公家として現在も続いている[1][3]

子女

1662年にサウサンプトン伯爵トマス・リズリーの娘エリザベス英語版と結婚、1男1女を儲けた。

脚注

  1. ^ a b 松村、P574。
  2. ^ 海保、P57 - P59。
  3. ^ 森、P64 - P67、海保、P86 - P98、P107 - P109。

参考文献

名誉職
空位時代英語版 ノーサンバーランド統監
共同:ノーサンバランド伯 1660年 - 1668年

1660年 - 1670年
次代
ニューカッスル公
先代
サウサンプトン伯
ハンプシャー首席治安判事
1667年 - 1670年
次代
ウィンチェスター侯英語版
先代
ノーサンバランド伯
サセックス統監
1668年 - 1670年
次代
ドーセット伯英語版
バックハースト男爵英語版
サセックス首席治安判事
1668年 - 1670年
次代
ドーセット伯
イングランドの爵位
先代
アルジャーノン・パーシー
ノーサンバランド伯
1668年 - 1670年
次代
消滅



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