シモンチェリの死
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/05/31 16:21 UTC 版)
「2011年のマレーシアグランプリ (ロードレース)」の記事における「シモンチェリの死」の解説
日曜の現地時刻午後4時、MotoGPクラスの決勝レースは始まった。スタートではレプソル・ホンダの3台がトップ3をキープし、続いてシモンチェリと8番手からスタートしたアルバロ・バウティスタが4位争いを展開していた。 2周目の第11コーナー、シモンチェリが前輪のグリップを失って転倒。コースを横断するようにマシンと共にスライドし、後方を走っていたエドワーズとバレンティーノ・ロッシの進路をふさぐ形となる。2人はシモンチェリを避けきれずに衝突、シモンチェリのヘルメットが衝撃で脱げる大事故となってしまった。即座に赤旗が振られレースは中断となった。 心停止状態に陥ったシモンチェリは救急車で運ばれながら心肺蘇生法を施され、メディカルセンターでクリニカ・モバイルのスタッフらによる治療が尽くされたが、4時56分に死亡が確認された。24歳没。シモンチェリの救命処置に集中するために中断が続いていたレースは、そのまま中止となった。
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