オリガ・ニコラエヴナ (ヴュルテンベルク王妃)とは? わかりやすく解説

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オリガ・ニコラエヴナ (ヴュルテンベルク王妃)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/09 04:41 UTC 版)

オリガ・ニコラエヴナ
Olga Nikolajewna
ヴュルテンベルク王妃
在位 1864年6月25日 - 1891年10月6日

出生 1822年9月11日
ロシア帝国サンクトペテルブルク
死去 (1892-10-30) 1892年10月30日(70歳没)
ドイツ帝国
ヴュルテンベルク王国フリードリヒスハーフェン
埋葬 ドイツ帝国
ヴュルテンベルク王国シュトゥットガルト
結婚 1846年7月13日 ペテルゴフ宮殿
配偶者 ヴュルテンベルク王カール1世
家名 ロマノフ家
父親 ロシア皇帝ニコライ1世
母親 アレクサンドラ
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オリガ・ニコラエヴナロシア語: Ольга Николаевна, ラテン文字転写: Olga Nikolajewna Romanowa, 1822年9月11日 - 1892年10月30日)は、ヴュルテンベルク王カール1世の妃。ロシア大公女ロシア皇帝ニコライ1世と皇后アレクサンドラの次女(第3子)、アレクサンドル2世の妹。 

1846年7月13日に、ヴュルテンベルク王国の王太子だった又従弟のカールと結婚した。カールは1864年に父王ヴィルヘルム1世の死去を受けて王位に就き、オリガは王妃となった。なお、ヴィルヘルム1世の2度目の妃(カールの母は3度目の妃)エカテリーナ・パヴロヴナは、ニコライ1世の姉でオリガの伯母にあたる。

カール1世との間に子はなく、1891年にカール1世が68歳で死去した後は、カールの従兄と姉の息子であるヴィルヘルム2世が王位を継承した。翌1892年にオリガも70歳で死去した。

オリガ王妃、ヴィンターハルター

関連項目

  • カタ・ジュタ - 別名オルガ山(オリガ・ニコラエヴナにちなんで名付けられた)
オリガ・ニコラエヴナ (ヴュルテンベルク王妃)

1822年9月11日 - 1892年10月30日

ドイツの君主
先代
パウリーネ・フォン・ヴュルテンベルク
ヴュルテンベルク王妃
1864年6月25日 – 1891年10月6日
次代
シャルロッテ・ツー・シャウムブルク=リッペ



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