エリトリアにおける中絶とは? わかりやすく解説

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エリトリアにおける中絶

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/30 01:01 UTC 版)

本稿ではエリトリアにおける中絶について述べる。原則としてエリトリアでは中絶禁止されている(強姦英語版または近親相姦による妊娠未成年者の妊娠、身体的または精神的健康への危険を理由とする場合を除く)。したがって合法的な中絶には医療または司法の承認が必要である。エリトリア独立前は、1950年代のエチオピアの中絶法英語版を適用しており、生命を救う場合を除き中絶を禁止していた。独立後、1991年刑法はこの法律を改正し、強姦・近親相姦による妊娠、生命・健康への危険を理由とする中絶の罰則を撤廃したが、実質的な合法中絶は存在しなかった。2001年及び2015年の刑法では、医師が中絶の健康上の根拠を証明することを義務付けた。安全でない中絶英語版が広く行われており、エリトリアの妊産婦死亡率の一因となっている。一部の地域では中絶後のケア英語版が利用できない。

法令

エリトリア2015年刑法第283条は、中絶が合法となるのは、母体の身体的または精神的健康を維持するため、妊娠が強姦または近親相姦による場合、あるいは未成年者が妊娠した場合に限られると規定している。健康維持を目的とする場合は医師の承認が必要であり、強姦の場合は司法判断を要する[1]

刑法第282条は、自ら堕胎英語版を行った場合、1年以上3年以下の懲役を、堕胎を行った医師に対しては3年以上5年以下の懲役を定める。第281条は強制堕胎英語版も犯罪とし、7年以上10年以下の懲役を科す[1]。ただし、中絶事件の起訴には妊娠の立証が必要であるが、2005年現在、妊娠の定義は法律で明示されておらず、裁判官の判断に委ねられている[2]

歴史

伝統的に、クナマ族ナラ族は中絶や嬰児殺しに対して女性を罰しなかった。母系制のもとでは、乳児に対する犯罪の処罰権は母親に留保されていたからである[3]エリトリア高地英語版父系制も同様に、胎児の父親が中絶を行うことを認めていた。ただし毒殺による中絶は母親に対する罪とされた[4]

1950年代にエチオピア・エリトリア連邦が設立された際に制定されたエチオピア刑法英語版は、スイス刑法ドイツ語版フランス語版を手本にしたため、その影響元であるフランスの法律フランス語版の流れを汲んでいることになる。よって、生命を救う目的以外の中絶は禁止された[5]。また、エリトリア人民解放戦線英語版婚前交渉避妊を支持しているにもかかわらず、中絶を禁止した[6]

1991年の独立後、エリトリアの暫定刑法は旧法の大部分を引き継いだが[7]、第534条は次のように改正された。「妊娠中絶は、妊娠中の女性の生命または健康に対する重大かつ恒久的な損害から救うため、または重大な身体的・精神的苦痛の状態にあるため、もしくは妊娠が強姦または近親相姦の結果である場合に実施されたときは、罰せられない」[8]。この「罰せられない(ティグリニャ語: ayeQitsiEn iyu)」という表現は、法律が特定の中絶を非犯罪化したのか、単に刑事罰を撤廃しただけなのか曖昧である[9]。エリトリアの法は合法的、違法性阻却、または免責可能な行為を区別していたが、その曖昧な文言により医療従事者や法執行機関はこうした中絶を免責可能と見なした一方、学者フィリップ・グラヴェンはそれらを合法的とみなした[10]

また同法は、救命目的の中絶のみを認める文言の2つの細則を引き継いだ[11]。さらに、以前の刑法とは異なり、中絶の法的根拠の実施に関するガイドラインを定めておらず[11]保健省英語版がそのようなガイドラインを作成することも認めなかった[12]。医療提供者はこうした事例への介入経験がなく、必要な技術も欠いていたため、実際には合法的な中絶は行われなかった[8]

1997年から2001年にかけて行われた新刑法の起草過程において、中絶法は論争の的となり、女性連合の代表は如何なる事由における合法的中絶を主張した。合法的中絶のための健康規制の確立を規定する最初の草案を経て、最終的な刑法では医師の承認を得て認可施設で実施される中絶が認められることとなった[13]。2015年時点でも中絶に関するガイドラインは確立されていなかった[14]

有病割合

2015年から2019年にかけて、中絶の推定年間発生件数は16,500件であり、これは意図しない妊娠英語版の40%、全妊娠の11%に相当する。中絶率は1990年から1994年以降横ばいで推移しており、この期間に意図しない妊娠率は34%減少した[15]人口動態および健康調査英語版(中絶と流産を区別していない)によると、妊娠中絶を報告した女性は1995年に13%、2002年には10%であった。同国では中絶が社会的非難の対象となっており、これが報告不足の原因となっている可能性がある[16]。アン・K・ブラン(2004年)によれば、報告されている流産の最大半数は、実際には非医療機関による中絶である可能性がある[16]

エリトリアにおいて安全でない中絶は一般的である[17]。保健省の2002年報告書によると、医療機関における治療原因として2番目に多いと判明した。1999年から2004年までの間、毎年2番目または3番目に多い原因として順位付けされていた[16]。2008年の健康調査によると、エリトリアの医療施設で治療を受けた産科合併症の45.6%、ならびに母体死亡の19.5%が中絶に起因していた[18]。その国では家族計画を定めるものが少なく、高中絶率の一因となっていた[19]中絶後のケア英語版は、医療従事者や1次医療の未整備により、国内では利用できない場合が多い。場合によってはケアを受けるために他県まで移動せざるを得ないことすらある[20]

関連項目

  • アフリカにおける中絶英語版
  • エリトリアにおける健康英語版
  • エリトリアにおける人権英語版

引用文献

  1. ^ a b Country Profile: Eritrea”. Global Abortion Policies Database. World Health Organization (2018年11月9日). 2025年7月20日閲覧。
  2. ^ Isaac 2005, p. 141–143.
  3. ^ Favali & Pateman 2003, p. 81.
  4. ^ Favali & Pateman 2003, p. 80.
  5. ^ Isaac 2005, pp. 137–141.
  6. ^ Bernal 2001, pp. 135, 152.
  7. ^ Isaac 2005, p. 138.
  8. ^ a b Isaac 2005, p. 141.
  9. ^ Isaac 2005, pp. 145–146.
  10. ^ Isaac 2005, p. 151–152.
  11. ^ a b Isaac 2005, p. 154.
  12. ^ Teklehaimanot & Hord Smith 2004, p. 94.
  13. ^ Rosen 2001, p. 84.
  14. ^ Committee on the Elimination of Discrimination against Women considers the reports of Eritrea”. Office of the United Nations High Commissioner for Human Rights (2015年2月26日). 2025年7月21日閲覧。
  15. ^ Country profile: Eritrea”. Guttmacher Institute (2022年). 2025年7月20日閲覧。
  16. ^ a b c Blanc 2004, p. 240.
  17. ^ Isaac 2005, p. 137.
  18. ^ Sharan et al. 2011, p. 248.
  19. ^ Sharan et al. 2011, p. 249.
  20. ^ Aantjes et al. 2018, pp. 79–80.

典拠

  • Aantjes, Carolien J.; Gilmoor, Andrew; Syurina, Elena V.; Crankshaw, Tamaryn L. (August 2018). “The status of provision of post abortion care services for women and girls in Eastern and Southern Africa: a systematic review”. Contraception 98 (2): 77–88. doi:10.1016/j.contraception.2018.03.014. PMID 29550457. 
  • Bernal, Victoria (2001). “From Warriors to Wives: Contradictions of Liberation and Development in Eritrea”. Northeast African Studies 8 (3): 129–154. doi:10.1353/nas.2006.0001. ISSN 0740-9133. JSTOR 41931273. PMID 17585417. 
  • Blanc, Ann K. (14 December 2004). “The Role of Conflict in the Rapid Fertility Decline in Eritrea and Prospects for the Future”. Studies in Family Planning 35 (4): 236–245. doi:10.1111/j.0039-3665.2004.00028.x. ISSN 0039-3665. PMID 15628782. 
  • Favali, Lyda; Pateman, Roy (2003). “Five: From Blood Feud and Blood Money to the State Settlement of Murder Cases”. Blood, Land, and Sex: Legal and Political Pluralism in Eritrea. Indiana University Press. pp. 73–104. ISBN 9780253109842. Template:Project MUSE 
  • Isaac, K. (2005). “Abortion Legislation in Eritrea: An Overview of Law and Practice”. Medicine and Law 24 (1): 137–162. PMID 15887619. 
  • Rosen, Richard A. (Fall 2001). “Theory in Practice: Code Drafting in Eritrea”. North Carolina Journal of International Law 27 (1): 69–94. 
  • Sharan, Mona; Ahmed, Saifuddin; Ghebrehiwet, Mismay; Rogo, Khama (25 September 2011). “The quality of the maternal health system in Eritrea”. International Journal of Gynecology & Obstetrics 115 (3): 244–250. doi:10.1016/j.ijgo.2011.07.025. PMID 21945424. http://doi.wiley.com/10.1016/j.ijgo.2011.07.025. 
  • Teklehaimanot, K. I.; Hord Smith, C. (2004). “Rape as a Legal Indication for Abortion: Implications and Consequences of the Medical Examination Requirement”. Medicine and Law 23 (1): 91–102. PMID 15163078. 

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