エウトロピアとは? わかりやすく解説

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エウトロピア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/11/04 06:58 UTC 版)

エウトロピア
Eutropia
エウトロピアと考えられている頭像(蔵:サン=レーモン博物館英語版[1]
在位 286年 – 305年

称号 ローマ皇后
出生 不明
ローマ帝国シリア属州[2]
死去 325年以降[2]
配偶者 マクシミアヌス
子女
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エウトロピアラテン語: Eutropiaギリシア語: Εύτροπία、生没年不明)は、ローマ皇帝マクシミアヌス皇后[3]シリア属州の出身である[4]

経歴

3世紀末期にマクシミアヌスと結婚したとされるが、正確な日付は分かっていない。2人の間には、後のローマ皇帝(在位:306年 - 312年)であるマクセンティウスと、コンスタンティヌス1世の皇后であり、コンスタンティヌス2世コンスタンティウス2世コンスタンス1世母后となるファウスタの、少なくとも2人の子がいた。

コンスタンティウス・クロルスの皇后であるフラウィア・マクシミアナ・テオドラもエウトロピアの子であるが、彼女の出自には議論がある。テオドラが息子の一人に「ハンニバリアヌス」と名付けていることから、彼女はエウトロピアの前夫であるアフラニウス・ハンニバリアヌスとの間に生まれた子供であり、マクシミアヌスにとっては継娘に当たるとするのが通説である[5]。しかし、古典学者のティモシー・バーンズは、テオドラをマクシミアヌスの実子とする少数の文献には高い信頼性があると述べており、マクシミアヌスの前妻をアフラニウスの娘(アフラニア)と仮定した上で、テオドラは2人の娘であり、むしろエウトロピアにとって継娘に当たると提唱している[6]。西洋史学者のジュリア・ヒルナー英語版も、テオドラをマクシミアヌスの実子とするバーンズの見解に賛同しており、一連の継娘に関する文献はコンスタンティヌス朝時代に作られた政治的プロパガンダの一部であるとしている。ただし、バーンズの学説が事実だとすると、テオドラの母は皇后のエウトロピアではなく、無名のアフラニアとなるため、彼女が娘にエウトロピア英語版と名付けた理由が説明できないとも述べている。そのため、ヒルナーはアフラニウスがエウトロピアの兄弟と解釈し、テオドラはマクシミアヌスとエウトロピアの実子であると主張している。これは、古代史学者のジョン・ヴァンダースポールの見解に沿うものである[7]

脚注

  1. ^ Capus, Pascal (2019) (フランス語). Portrait de Galeria Valeria Eutropia (?). , Musée d’Archéologie de Toulouse. ISBN 978-2-909454-41-2. https://www.villachiragan.saintraymond.toulouse.fr/partie-04-l-antiquite-tardive/ra-38-2-galeria-valeria-eutropia 
  2. ^ a b Jones, Martindale & Morris, p. 316.
  3. ^ Burgersdijk, Diederik (2014). Donciu, R.. ed. “Maxentius”. The Classical Review 64 (2): 553–555. doi:10.1017/S0009840X1400002X. ISSN 0009-840X. JSTOR 43310103. https://www.jstor.org/stable/43310103. 
  4. ^ Vanderspoel, J. (1999) "Correspondence and Correspondents of Julius Julianus". Byzantion 69:2. p.414
  5. ^ Jones, Martindale & Morris, p. 895.
  6. ^ Barnes 1982, p. 33.
  7. ^ Hillner, Julia (2023). Helena Augusta: Mother of the Empire. Oxford University Press. pp. 58. ISBN 9780190875299 

参考文献

外部リンク

王室の称号
先代
プリスカ
ローマ皇后
286年–305年
共同統治者 プリスカ (286年–305年)
次代
ガレリア・ウァレリア
ガレリウス妃)
次代
フラウィア・マクシミアナ・テオドラ
コンスタンティウス・クロルス妃)
先代
コルネリア・サロニナ英語版
ローマ母后
306年–312年
次代
マリナ・セウェラ英語版



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