アレハンドロ・サエスとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > アレハンドロ・サエスの意味・解説 

アレハンドロ・サエス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/24 06:52 UTC 版)

アレハンドロ・サエス
プロフィール
リングネーム アレハンドロ・サエス
エクストラ・ラージ
本名 マヌエル・アレハンドロ・サエス・パロミノス
Manuel Alejandro Saez Palominos
ニックネーム エクストラ・ラージ
身長 185cm
体重 102kg
誕生日 (1987-02-07) 1987年2月7日(36歳)
出身地  チリ
サンチアゴ
トレーナー エディ・シャーキー
デビュー 2004年
テンプレートを表示

アレハンドロ・サエスAlejandro Saez1987年2月7日 - )は、チリプロレスラー

略歴

2004年にチリのXNLにおいて、エクストラ・ラージのリングネームでパーフェクト・バンディを相手にデビュー[1]

2013年2月、南米各地で開催された南米プロレストーナメント「TORNEO LATINO AMERICANO DE LUCHA LIBRE」に出場するが、1回戦で森嶋猛にピンフォール負けを喫した。

2014年1月にプロレスリング・ノアへ留学生として初来日。約3か月間日本に滞在し、道場に住み込んで日本人選手とともにトレーニングや雑務を行った[1]

帰国後は、所属していたチリのXNLでの活動を中心にしつつ、メキシコ、アメリカでも活動した。また、リングネームもアレハンドロ・サエスへ改称[1]

2016年、米国のWWEに参戦してWWEクルーザー級クラシックに登場[1]

11月、2度目の来日を果たし、グローバル・リーグ戦へ出場。Bブロックにエントリーされ、3勝4敗の勝ち点6で8選手中7位に終わった[2]

12月2日に鈴木軍を離脱し、12月3日に鈴木みのるとの遺恨対決を制した杉浦貴が、1人でノアで反体制として闘っていく旨を示した。これを受けて、アレハンドロ・サエスがいち早く反応し、杉浦との共闘を内田雅之へ申し出る。これにより、12月シリーズで杉浦とのタッグを多く組むこととなり、杉浦とタッグを組んだ試合は全て勝利となった[3][4]

2017年1月も引き続きノアへ参戦し、杉浦とのタッグも継続していたが、家族の緊急事態が発生したために急遽帰国することとなった[5]

得意技

ムーンサルト・プレス[1]
シューティング・スター・プレス[1]
スパイラル・タップ[1]
パワーボム[1]

タイトル歴

  • XNL世界王座
  • LWAタッグ王座
  • X-LAWジュニアヘビー級王座

脚注




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「アレハンドロ・サエス」の関連用語

アレハンドロ・サエスのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



アレハンドロ・サエスのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのアレハンドロ・サエス (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS