アラ・カルウィニ(カルウィヌスの祭壇)
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「ガイウス・セクスティウス・カルウィヌス」の記事における「アラ・カルウィニ(カルウィヌスの祭壇)」の解説
1829年にパラティーノの丘の西側の下にある聖アナスタシアのバシリカ(en)の近くで小さな祭壇が発見された。祭壇はトラバーチン製で、第二次ポエニ戦争頃からローマでも使われ始めた砂時計の形をしている。その碑文から、この祭壇は紀元前92年頃、カルウィヌスが修復した「Si deus si dea(神か女神か不明だが)」の祭壇であることが分かる。このため。アラ・カルウィニ(カルウィヌスの祭壇)、またはアラ・デル・イグノティ(無名の神の祭壇)と呼ばれ、パラティーノ博物館に収納されている。一般にはカルウィヌスの息子がこの修復を行ったとされているが、古典学者エルンスト・バディアン(en)は碑文研究からカルウィヌス本人であると考えている。
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