『閑居友』における経緯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 15:33 UTC 版)
『閑居友』下巻第八話「建礼門女院の御庵に忍びの御幸の事」では法皇が最初に出会った尼僧は阿波内侍ではなく、女院との関係性が明示されない老尼で、女院の境遇は「戒行不足」のためであると述べている。女院は安徳を「先帝」ではなく「今上」と呼び続けており、生き延びた理由も二位尼に平家の人々の後生を祈るよう命じられたからであるとしている。女院の回想の場面では六道語りはなく、安徳の身投げについての記述がメインとなる。法皇一行は涙に暮れながら帰るが、『平家物語』と異なり、仏教的な感慨に浸ることはない。
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