5五の龍 5五の龍の概要

5五の龍

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/25 08:57 UTC 版)

※以下の内容の出典は、『虹色四間』を除き全て愛蔵版からとなっている。

概要

週刊少年キング」(少年画報社)に1978年から1980年まで連載された。単行本はヒットコミックスで全10巻、後に愛蔵版として中央公論社から全2巻、中公文庫コミックス版として中央公論社から全6巻が発売された。愛蔵版では中原誠[1]大内延介、中公文庫コミックス版では羽生善治らが推薦文を寄せている(ただし愛蔵版で登場している棋士の推薦文については、中公文庫にも同じ推薦文が流用されている)

この作品が生まれたきっかけは、当時の少年キングの戸田編集長から「将棋漫画を描けないか」と相談されたことだった。将棋に詳しいがゆえに、つのだは将棋対局を漫画化する難しさも把握していた。しかしこれまでの漫画は駒の配置などが適当な物ばかりで不満を感じ、徹底的な準備・研究の後に、「少年誌唯一の本格将棋漫画」と銘打って本作の連載を開始した。

もともと多趣味で凝り性だった作者つのだじろうは、将棋の勉強にも没頭した。町で一番将棋が強かった父親に徹底的に負かされたことが、その理由の一つと言われている。本作の連載開始時にはアマ三段、平成元年に中原誠 ・田中寅彦谷川浩司らの推薦でアマ四段まで取得している。本作は作者自身も気に入っている作品なのか、つのだじろう公式サイトの表紙を飾ったこともある。

特徴

  • 駒の動きが非常にわかりやすい。ポイントとなる場面ではあえてページを費やし、将棋の初心者・中級者でも理解できるよう配慮されている。そのため本作は一般的な将棋の本などとは異なり、(ある程度の棋力があれば)将棋の駒と盤がなくても読み進むことができる[2]
  • 読み進むにつれ、将棋界全体を知ることができる。将棋連盟や奨励会の構図、将棋のマナー、将棋の歴史、時事ニュースなどが自然に身につく。さらに本作では真剣師などの裏社会や奨励会の厳しさなど、あまり一般的ではない部分にも光があてられている。
  • 本作を監修しているプロ棋士が複数存在している。彼ら専門家により重要な局面の分析がなされていて、高度で正確な評価に触れることができる。
  • 駒落ちの定跡を重視し、基本の流れを紹介。また、その勉強が必要な理由まで丁寧に説明している。特に香落ちは奨励会にもよく登場するため、他の駒落ちよりも多く描写されている[3]。当初は駒落ち将棋に偏見があった主人公[4]も、のちに駒落ち定跡をアマチュアに指導するまでになった。
  • 将棋の内容ではなくストーリーや演出に注目しても、本作の面白さを十分味わうことができる。欠点だらけの主人公が将棋を通じて徐々に成長していくプロセスや、個性的でありながら現実味のある人間たちの壮絶なドラマは、あまり将棋を知らない読者をも魅きつけている。

前述の愛蔵版において、専門棋士達も以下のように評価している。

  • 中原誠 「マンガとしての面白さも一級、棋書としても名著に加えたい一冊」
  • 大内延介「将棋界の全貌が浮き彫りにされた、漫画ノンフィクションの大傑作」
  • 田中寅彦 「仲間たちの個性豊かなキャラクターと息もつかせぬ白熱戦など、読み物としての面白さはもちろんですが、将棋が自然に強くなるように仕組まれた作品だと思います」

あらすじ

物語の前半

中学生の駒形竜は、雇われ選手として草野球に参加したり、宿題を有料で手伝うというアルバイトの日々を過ごしていた。級友たちから「金にガメツイ」と悪評を叩かれるが、実は将棋に明け暮れる父親・竜馬の代わりに貧しい家計の足しとするためのバイトであった。

ある日竜の自宅に、真剣師の虎斑桂介が現れる。約束していた5年に1度の、賭け金100万円の決闘を果たしに来たのだ。父親が真剣師であることを知り動揺する竜。この時に、父から「お前(竜)が俺と勝負して勝ったら真剣師から足を洗う」という約束を取り付ける。

父と虎斑桂介との決闘。それは裏の将棋界での決闘であった。「持ち時間無制限・席を立つのは小用の時のみ・食事や睡眠時間も一切なし。約束をたがえた場合は命を取られても文句はいわない」という、まさに死闘ともいうべき将棋の対局であった[5]。場所は宗桂寺[6]の境内であったが、大雨の中でも中止せず二人は目隠し将棋で屋外での対局を続けた。ついに竜馬が急性肺炎をおこしかけて救急車で運ばれたため、父親の代理として竜が名のり出た。竜の根性を買った虎斑桂介は対局の中断を許可し、意外にもさらに1年間の猶予を与えた[7]

約束の1年後の勝負に勝つため、竜は将棋会館に通うようになる。中学生名人戦にも参加し、さまざまなライバルたちと出会うことになった。 (この頃から竜はプロ棋士を意識するようになる。)そんな中、「ミス・タイガー」と名のる同年代の娘に遭遇する。彼女の本名は虎斑桂(とらふ・かつら)、虎斑桂介の実の娘であった。その後、虎斑桂介は不慮の交通事故で死亡してしまう。虎斑桂介の遺言により、彼の娘である桂と竜馬の息子である竜が、中断されていた勝負を引き継ぐことになった。それを聞いた入院中の竜馬は、「執念というより因縁だぜ」と言って涙を流している。

その因縁の対局前に、桂は内容が酷似した王将戦の棋譜を入手した。そして研究の上、万全の態勢で竜との勝負に臨む。将棋の流れは一方的に桂のペースで、竜は敗北寸前まで追い込まれた。しかし土壇場で起死回生の一手を放ち、竜は辛くも勝利することができた。この一件で100万円を手に入れ、竜は奨励会のテストを受けることを決心した。

その後も師匠である芦川八段との出会い、奨励会不合格による自殺騒動、再受験による「おなさけ」入会などを経て、竜は奨励会でプロを目指すことになる。だが奨励会での将棋の対局は、竜が予想していた物より遥かに厳しい世界だった。これ以降本作の物語の大部分は、この奨励会での出来事を中心に展開されている。

物語の後半

無事奨励会には合格できたものの、竜の将棋は連戦連敗だった。宿敵の虎斑桂が連勝して注目される中、ついに竜は6級のBへ転落してしまう[8]。高美濃と同居して自立し根性をつけようとするが、結局それも失敗に終わった。その後生活環境を変えるという芦川の考えから、将棋の町道場である「と金道場」に下宿するようになる。席主の父と共に道場を訪れるアマチュアを指導しながら、改めて将棋の勉強をすることになった。

その道場で、アマチュアの大学生が指導対局を依頼してきた。アマチュアとはいっても、大学リーグ戦A級の「東立大」将棋部の強豪である。たまたま居合わせた竜の奨励会仲間が相手をすることになったが、その大学生に平手で虎斑桂と棒銀三郎が負けてしまった。奨励会のメンツが危うくなった時、横で観戦していた竜が勝負を申し込んだ。そして見事に大学生を負かしてしまう。実は竜は5五の位[9]を利用した中飛車の戦法を思いついたのだ。その後も東立大の学生達は竜に対し雪辱戦や嫌がらせを行うが、最終的に竜は勝利を収めることができた。この対局を境に竜は「5五龍中飛車」を編み出し、奨励会でも徐々に勝利して行くことになる。

得意戦法を身につけた竜とは異なり、負けがかさんでいたのが穴熊虎五郎であった。成績不振を同門の先輩たちにからかわれ、思い悩んだあげくに故郷の会津に帰ってしまう。そして竜たちの必死の捜索も空しく、雪山で自殺してしまうのだ。竜たちは非常に大きなショックを受けるが、同時にプロを目指す厳しさを思い知ることとなった。 その後しばらくして、死んだはずの穴熊が竜のもとに現れる。実は彼は虎五郎の弟で、養子に出されていた穴熊虎六だった。死んだ兄に代わり今度は自分がプロになると言って、竜に勝負を挑んできた。駒落ちで相手をした竜に勝って一度は生意気を言うが、竜馬に諭されて素直に帰って行った。結局その虎六は、兄が在籍していた関野一門に入ることになる。

ある日将棋会館の前で、竜と高美濃は風変わりな老人に出会った。老人を真剣師と誤解した二人は相手にしなかったが、実は彼は「将棋大天狗」として有名な元プロ棋士の島黄楊(しまつげ)八段であった。この大天狗と奨励会6級の梅木をめぐり、竜の退会騒動が持ち上がってしまう。だが大天狗が遊び将棋による非公式戦を提案、騒動は何とか解決する[10]。そして大天狗より、「飛騨の中飛車」という男を紹介してもらうことになった。

はるばる岐阜県の山奥まで足を運んだ竜は、その「飛騨の中飛車」こと飛田中太郎に会う。そして彼から、中飛車研究の集大成である棋譜ファイル[11]数冊を譲り受けた。その代償として、飛田は「名を伏せ正体も明かさず、現役の高段棋士5人と平手で対戦させてくれ。」と竜に依頼する。承諾した竜は帰京後に師匠に相談し、対戦者を探して飛田のために尽力した。

しばらくして飛田が上京。稽古将棋という名目で平手で望んだ5名のプロ棋士に対し、飛田は3人目までを全て中飛車で叩きのめす。だが4人目の対局前に元真剣師という素性が割れ、4人目の棋士は対局を辞退。あやうく竜は師匠の芦川に破門される所だった[12]。予定通り5人目の飛田vs芦川八段戦が行われる。飛田は「これが己が人生の最終局」という覚悟で対局に臨んだ。この対局の中で「飛騨の中飛車・合掌造り」が登場、芦川八段を大いに苦しめた。しかし最後に捨て駒三連発の鬼手をはなち、芦川が飛田に勝利した[13]

その後も高美濃弘の退会騒動、(穴熊虎六や平手香を含む)奨励会の後輩たちの参入、角道道夫の山での遭難および退会といった出来事が続く。奨励会での壮絶な戦いが続く中、竜もひた向きに精進していった。そして最後に宿敵の虎斑桂を倒し、竜の二級昇級が決まったところで物語は完結している。


  1. ^ 連載当時五冠王時代の最盛期だった
  2. ^ もちろん実際に棋譜を並べれば、より本作の面白さを実感できる。
  3. ^ また飛車落ち定跡については、つのだじろう独自の研究も紹介している。
  4. ^ これは主人公の竜だけでなく、将棋の初心者全般の傾向でもある。
  5. ^ 実際その対局も1日では終わらず、日をまたいで勝負は続いている。
  6. ^ 宗桂寺の名称は、安土桃山時代の将棋初代名人大橋宗桂より。
  7. ^ これは虎斑の厚意ではなかった。彼は勝負が優勢であるのを見越して、実力が劣る中学生の竜に難なく勝つつもりであった。わざと際どく指して竜の再挑戦を誘い、竜馬にかわって今度は竜に「おとくいさん」(カモ)になってもらう算段であった。
  8. ^ 奨励会の最下部は7級であり、それでも勝てないと強制的に退会となる。
  9. ^ 将棋盤の中央を指す。
  10. ^ 事態の解決策として将棋大天狗は、特殊ルールの将棋「八方桂」「反射角」「獅子王」を二人に提案する。この勝負でも梅木は1勝1敗、3局目も明らかに優勢だった。しかし将棋大天狗の真意を理解し、最後は竜に勝ちを譲った。
  11. ^ その棋譜ファイルを後日読んだ駒形竜馬いわく、「変幻自在、まさに中飛車の鬼」
  12. ^ 飛田と竜の話を聞いた芦川は、噂をうのみにした自分を反省。稽古将棋ではなく真剣勝負として、改めて公開対局を申し込む。さらに「居飛車で対応する。」と戦型の限定も予告し、その場で竜の破門も取り消した。
  13. ^ この飛田vs芦川八段の戦いは、大内延介八段(連載当時)および田中寅彦四段(連載当時)の協力のもと、作中に第一手目から投了までの全棋譜が掲載されている。数ある「5五の龍」の将棋の対局の中で、もっともページ数を費やした名勝負であった。
  14. ^ 初対面の穴熊に「ゲタか将棋の駒みたいな顔した」と言われていた。
  15. ^ 関西の将棋界の隠語で「くすぶり」と言う。
  16. ^ 中学卒業までに奨励会の二級を突破すること。二級はプロ棋士(四段)に至るまでの中間地点に相当。
  17. ^ 林葉直子、1979年度入会
  18. ^ この話はフィクション化されてはいるが、奨励会で実際にあった有名な実話がモデルとなっている。
  19. ^ 駒落ち定跡の一つ
  20. ^ 架空のタイトル棋戦
  21. ^ 現在の順位戦B1組
  22. ^ 自殺騒動、と金道場の紹介、飛騨の中飛車の一件など
  23. ^ 名前の由来は早石田戦法より
  24. ^ 並八(なみはち)とは、並みの八段のこと。
  25. ^ 虎斑の名前は、将棋に使われる駒の木に出る模様に由来している。
  26. ^ 初期のヒットコミックスの単行本では「かおる」となっていた。
  27. ^ つまり、虎斑桂の妹弟子にあたる
  28. ^ 「私は思い焦がれています」と書くつもりが「私はおいもを焦がしています」と書いてしまった
  29. ^ 奨励会隠語で「簡単に勝ち星が取れる弱い奴」
  30. ^ 連載当時
  31. ^ 直前の保有タイトルは棋王のみ
  32. ^ 『奇襲大全』 湯川博士・著 森雞二・監修 毎日コミュニケーションズ ISBN 4-89563-536-8
  33. ^ これはつのだが勝手に命名した戦法名で、現実には「カニカニ銀」の名が定着している
  34. ^ つのだ曰く「連盟の意向による。全部知ろうなんてムシが良すぎるからネ!」
  35. ^ 一方で「5五の龍」を入門マンガとして登場させ水城もこれを読み基礎を覚えるため、メタフィクション的読み方もできる。
  36. ^ 銘は「五龍作 湖竜書」
  37. ^ 本人曰く「気が抜けた」
  38. ^ 前作に登場した端歩朝三の師匠と同一人物?
  39. ^ 竜がこの後聞いた「虎斑が柾目に変わった」という噂は、駒の材質に掛けている。
  40. ^ カラーイラストでは将棋駒の柄が施される
  41. ^ 胸のエンブレムに「龍学」
  42. ^ これは前作で高早高女子将棋部の訪問を受けた際の、竜の発想とも共通する。
  43. ^ 当時価格二、三十万
  44. ^ 四間飛車の基礎を伝授、中古パソコンを企業から都合、竜を飛騨から招聘など
  45. ^ 「香車」のチョッキも健在
  46. ^ 祖父は強すぎて手合い違い
  47. ^ 真野の急死により繰上1位
  48. ^ このため途中退会扱いとなり、通算3位で終了した水城が繰上げ昇級となった。
  49. ^ 水城は堂々と虹色四間で戦うつもりだったが萎縮してしまい、竜から借りた駒が光る手順を信じて追って行ったらこれになってしまった。桂は「ハメ手好きの竜の性格が駒に乗り移った」とからかい、竜は自嘲する。





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