絵巻物 名称

絵巻物

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/08 03:52 UTC 版)

名称

「絵巻」という語には、『源氏物語絵巻』『紫式部日記絵巻』のように、作品名に「○○絵巻」と付けて巻子装の作品であることを表す用法と、巻子形式の絵画を総称した概念として「絵巻」ないし「絵巻物」と呼ぶ場合とがある。ただし、これらの「絵巻」「絵巻物」の語は、近世になって使われだしたもので、中世以前の記録では単に「○○絵」と呼ばれている。

絵巻物の作品名称としては、「○○絵詞(えことば)」「○○草紙」「○○絵伝」等と称するものも多い(例としては『平治物語絵詞』『地獄草紙』『法然上人絵伝』など)。このうち、「絵詞」とは、「絵の詞」、つまり、ある特定の絵に対応する文章というのが本来の意味であることが指摘されており、「絵詞」よりは「絵巻」の方が作品名として適切であるとの説もある。たとえば、『伴大納言絵巻』は、1951年に国宝に指定された際の名称は『伴大納言絵詞』であったが、現所有者の出光美術館では『伴大納言絵巻』と呼んでいる。

伴大納言絵巻 出光美術館 蔵(上巻、応天門炎上の場面)

形態

絵巻物は、前述のように紙や絹を横方向につないだ、長大な紙面に描かれたものである。1巻の中に「絵」と「詞」とが交互に現れる形式がもっとも多く、通常は「詞」が先に来て、その直後に、その「詞」に対応する「絵」が来る(例外もある)。ひと続きの絵、ひと続きの詞を数える単位を「段」といい、絵巻物の説明にたとえば「絵4段、詞4段」とあれば、その絵巻物は絵と詞とが交互に4回ずつ現れるものであることがわかる。なお、『鳥獣人物戯画』のように絵のみで詞のない絵巻もあり、『華厳宗祖師絵伝』のように、「詞」とは別に、画中人物のかたわらに「せりふ」を書き込んだものもある。

画面のサイズは天地が30cm前後のものが多いが、『北野天神縁起』(承久本)・『春日権現験記絵巻』(三の丸尚蔵館蔵)のように、天地が50cmを超える大作もある。また、室町時代のお伽草紙のように、天地15cmほどの小品もあり、これらは小絵(こえ)と呼ばれている。左右の長さ、すなわち巻物全体の長さについてはまちまちで、全長10メートル前後のものが多いが、『粉河寺縁起絵巻』のように1巻で20メートル近い長さのものもある。

巻数については、1巻のみで完結している作品と、数巻からなる作品とがある。1つの作品でもっとも巻数が多いのは京都・知恩院と奈良・當麻寺奥院の『法然上人絵伝』で、いずれも全48巻の大作である(「48」という数字は阿弥陀如来の「四十八願」にちなんだもの)。

なお、「○○絵巻」と呼ばれていても、額装や掛軸仕立てになっている作品もある。これには、元来巻物だったものを保存上の観点から1紙ずつはがしたもの、あるいは修復時に分割した一紙を紛失したものが、後から発見されてそれだけで額装にしたものと、分割して譲渡・売却するために、長い巻物を画面ごとに切断し、それぞれを軸装したものとがある。これを「断簡」と呼ぶ。

前者の典型的な例は『源氏物語絵巻』(五島美術館・徳川美術館ほか蔵)で、絵具剥落を防ぐため、及び取扱の簡便さから、絵、詞ともに1段ずつ分割して、額仕立てになっている[注釈 2]

後者、すなわち、譲渡のために分割された例として著名なものは『三十六歌仙絵巻』である。この作品は、元来は上下2巻に三十六歌仙(及び住吉明神)それぞれの肖像画を描き、略歴と代表歌を書いたものであった。これが売りに出された時、全巻一括で購入できる者がいなかったため、1919年(大正8年)、益田鈍翁の提案により、歌仙1名ごとに切り離し、37名の数寄者に売却されたものである。

華厳宗祖師絵伝 高山寺 蔵(第二巻、竜に化した善妙が義湘の船を護る)

構図・画法

寝覚物語絵巻 大和文華館 蔵 吹抜屋台の例

絵巻物は、天地の幅が狭いという画面形式の制約もあり、室内の情景を描いたものには、内部の様子が分かるように、建物の屋根と天井を描かない表現法が生まれた。『源氏物語絵巻』などに見られ、「吹抜屋台」と呼ばれる。なお、「吹抜屋台」は絵巻物に限らず、画帖などにも見られる描法である。

他に「異時同図法」が、特徴的画法としてあげられる。これは、同一画面内に同一人物が複数回登場して、その間の時間的推移が示されているもので、『伴大納言絵巻』の「子どもの喧嘩」の場面と、『信貴山縁起絵巻』の東大寺大仏殿の場面がその代表例として知られる。後者を例にとると、登場人物の尼公(あまぎみ)が1つの画面に計6回描かれている。これは尼公が大仏殿に到着し、礼拝し、夜通し参篭し、明け方出発するという一連の時間的経過を1枚の絵で表現したものである。

絵巻物が襖絵、掛軸、屏風などの形式と根本的に異なるもう1つの点は、作品全体を一度に視野に入れることができないという点である。絵巻物は、博物館・美術館等においては、ガラスケースの中に、数メートルにわたって広げた状態で展示されるが、本来の鑑賞方法は、作品を机などの上に置き、左手で新しい場面を繰り広げながら、右手ですでに見終わった画面を巻き込んでいくというものである。

このような画面形式では、天地の高さには限界があるが、画面の水平方向の長さには制約がなく、物語の展開などを長大な画面に劇的に表現することが可能であり、そこに時間的な推移を盛り込むこともできる。たとえば、『伴大納言絵巻』上巻の応天門の火災の場面は、炎上する応天門、火事見物の群衆、火災の報を聞いて現場に駆け付ける政府の役人などが、途中に「詞」を挟まず、数メートルにわたって絵のみで描写されており、絵巻の特性を生かした例として著名である。

このように、詞書に対して絵の部分が長大に続き、巻物を繰り広げるにつれて画面が展開していく構図を「連続式」という[2]。これに対して、巻物を机の上で広げた際に一目で見渡せる程度の大きさ(横幅50 - 60cm程度)を一画面とし、巻頭に詞書があり、以下、絵と詞が交互に現れる形式を「段落式」といい、『源氏物語絵巻』がその典型的な例である[3]。現存作品を見ると、「連続式構図」のもの、つまり絵巻の特性を効果的に生かした作品はさほど多くなく、「段落式構図」の作品の方が多い。


注釈

  1. ^ 『鳥獣戯画』4巻のうち、丙丁2巻は鎌倉時代制作と思われる。
  2. ^ 徳川本は、再修復時に軸装に戻された。徳川美術館 源氏物語絵巻を修復公開 83年ぶり巻物に” (2018年11月3日). 2020年2月25日閲覧。

出典

  1. ^ 永青文庫 2015.
  2. ^ 佐伯英里子「用語解説」、梅津次郎監修『絵巻物総覧』角川書店、1995年、528頁。
  3. ^ 佐伯、前掲、525頁。
  4. ^ 宮本 1981.
  5. ^ 黒田 1996.
  6. ^ 黒田 2004.
  7. ^ 佐伯英里子「物語絵巻」、榊原悟監修『すぐわかる絵巻の見かた』改訂版、東京美術、2012年、124-125頁。真保亨「概説」、梅津次郎監修『絵巻物総覧』角川書店、1995年、10頁。
  8. ^ 佐伯英里子「説話絵巻」、榊原悟監修『すぐわかる絵巻の見かた』改訂版、東京美術、2012年、126-127頁。真保亨「概説」、梅津次郎監修『絵巻物総覧』角川書店、1995年、11頁。
  9. ^ 佐伯英里子「合戦絵巻」、榊原悟監修『すぐわかる絵巻の見かた』改訂版、東京美術、2012年、130-131頁。真保亨「概説」、梅津次郎監修『絵巻物総覧』角川書店、1995年、11頁。
  10. ^ 佐伯英里子「お伽草子」、榊原悟監修『すぐわかる絵巻の見かた』改訂版、東京美術、2012年、128-129頁。真保亨「概説」、梅津次郎監修『絵巻物総覧』角川書店、1995年、11-12頁。
  11. ^ 内田啓一「経典絵巻と縁起絵巻」、榊原悟監修『すぐわかる絵巻の見かた』改訂版、東京美術、2012年、132頁。真保亨「概説」、梅津次郎監修『絵巻物総覧』角川書店、1995年、7頁。
  12. ^ 中野玄三加須屋誠「社寺縁起絵の世界」、『仏教美術を学ぶ』、思文閣出版、2013年、122頁。
  13. ^ 加須屋によると、寺社縁起絵と呼ぶべきという異論もあるものの、1971年に奈良国立博物館で開催された社寺縁起絵展をきっかけに、社寺縁起絵という学術用語が美術史学・国文学・民俗学など人文学諸分野で広く用いられるようになった、という。加須屋誠「中野玄三論」、中野玄三・加須屋誠『仏教美術を学ぶ』、思文閣出版、2013年、255頁。
  14. ^ 内田啓一「経典絵巻と縁起絵巻」、榊原悟監修『すぐわかる絵巻の見かた』改訂版、東京美術、2012年、133頁。真保亨「概説」、梅津次郎監修『絵巻物総覧』角川書店、1995年、8頁。
  15. ^ 内田啓一「伝記絵巻」、榊原悟監修『すぐわかる絵巻の見かた』改訂版、東京美術、2012年、134-135頁。真保亨「概説」、梅津次郎監修『絵巻物総覧』角川書店、1995年、9頁。
  16. ^ 佐伯英里子「物語絵巻」、榊原悟監修『すぐわかる絵巻の見かた』改訂版、東京美術、2012年、125頁。真保亨「概説」、梅津次郎監修『絵巻物総覧』角川書店、1995年、12-13頁。
  17. ^ 真保亨「概説」、梅津次郎監修『絵巻物総覧』角川書店、1995年、14-15頁。


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