男性不妊症 男性不妊症の概要

男性不妊症

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/29 14:08 UTC 版)

男性不妊症
概要
診療科 泌尿器科学, reproductive medicine[*]
分類および外部参照情報
ICD-10 N46
ICD-9-CM 606
DiseasesDB 7772
MedlinePlus 001191
eMedicine med/3535 med/1167
Patient UK 男性不妊症
MeSH D007248

WHOによる統計では、加齢を考慮に入れない不妊原因で、原因が男性のみにある場合が24%、女性のみが41%、男女ともが24%、不明が11%と報告されており、妊娠適齢期においては、不妊原因の約40%に男性も関与している[2]

概要

生殖可能な年齢の異性のカップルが通常の性行為を継続しているにもかかわらず、一定期間が過ぎても妊娠に至らないものを不妊症とし、そのうち、男性側に原因があるものを男性不妊症という。通常の性行為が行われていることが前提のため、性行為自体が不能な勃起不全などは、厳密には男性不妊症には含まれない。なお、一定期間とは国際産婦人科学会により、女性については1年間と定義されているが、男性不妊症については確たる基準がない。しかしながら多くのケースにおいて女性不妊の場合と同様に1年、もしくは2年が一応の閾値とされる[3]。罹患率については統計上のばらつきが非常に大きく、この場で概算値を述べることは困難である[注 1]

病態から4つに大別される[4][5]

  • 造精機能障害(精子形成障害)
    • 特発性造精機能障害 63.2%
    • 精索静脈瘤 25.1%
    • 染色体異常 2.3%
    • (クラインフェルター症候群)(1.7%)
  • 精路通過障害
    • 閉塞性無精子症(造精機能正常) 4.9%
  • 副性器障害
    • 前立腺炎 0.9%
  • 精機能障害 2.2%

歴史的背景

日本においては勃起不全[注 2]などの明らかな場合を除き、歴史的に男性不妊症との概念は比較的新しいもので、かつては根拠無きままに「石女」などといった呼称で女性に不妊の罪をなすりつけてきた例が多く見られた。

もちろん日本においても、「離縁した妻が他の男との子を孕んだ」「後妻を設けても全く子供ができない」などの場合は、男性不妊症が強く疑われた。有名な例として豊臣秀吉は「下賜した女が別の男性との間に子供をなした」「女が側室になる以前に子をなしていた」「多くの妻を持ったにもかかわらず、ほとんど子供が生まれなかった(長浜城主時代に一男一女を授かっていたという説もある。また、淀殿が生んだ鶴松と豊臣秀頼は、秀吉の子供ではないという説もある)」といった事実から、その疑いは同時代から持たれていたようである。

中国戦国時代(紀元前)においては、男性不妊について述べられている文献も見られ、かの国では男性不妊症という概念は、その原因が語られる時には著しく非科学的であったりはしたものの、広く知られていたと見られる。

現在までにさまざまな研究がなされているが、2010年現在、日本においては、不妊の原因の割合は男性不妊と女性不妊がそれぞれ半分近くであると結論されている[注 3]が、元来子作りとは夫婦の共同作業であり、不妊はどちらか一方の責任と結論に拘るべきではないとの指摘もある[6]。女性不妊の検査・治療よりは、男性に対するものの方が簡易であるという側面もあり、最近では最初から夫婦共に検査を行う例も増えてきている[7]

男性不妊症の近代においての研究では、その研究を疑問視する向きもあるながらも、アルフレッド・キンゼイの遺した功績が特筆される。なお、かつては「不妊」「不妊治療」が、子を孕まない、産まなくする手法(現在でいうところの避妊)に当たる概念であり、2010年現在でも、非先進国に関しては、これが該当する[注 4]

精子形成障害

精子を造る能力自体が低いか全くないもの。男性不妊全体の90%以上を占める。原因が不明なものも多く、50% - 60%は原因が不明な「特発性造精機能障害」と分類される[8]。造精機能が損なわれている場合、精祖細胞が全く見られない場合、精子の発育が途中で止まる場合、あるいは極端に量または質に問題がある場合が考えられる[9]。また、造精は精巣が単独で行うものではなく、視床下部下垂体、精巣が協調して行われるものであり、先天的、後天的を問わず各種細胞間伝達物質[注 5]の調整がうまくいかない際にも発症する。具体的なケースとしては、視床下部下垂体疾患による性腺刺激ホルモン欠損症などが挙げられる[10]

典型的には精索静脈瘤[注 6][11]による精巣の温度上昇など[注 7]、ヒトの精子は熱に弱く、これが不妊の原因となる場合が見られ、精索静脈瘤だけで全体の25% - 30%以上を占める[注 8][注 9]

その他温度に起因するものとしては停留精巣[注 10][12]が多くみられる。また、40度以上の高熱を一週間以上患った場合も危険で、特に成人してからの流行性耳下腺炎(おたふく風邪)は20%以上の確率で精巣炎を発症し、両方の精巣に及んだ場合には無精子症などに至る場合がある[13]。また、精巣そのもののみならず、副性器の炎症が原因となっているケースも見られる。なお、外傷や精巣炎などにより二つある精巣のうちの一つを物理的もしくは機能的に損した場合、残された精巣の機能も低下してしまう場合がある[14]。また、精巣に腫瘍がみられる場合にも本障害が見られる[15]

その他の原因としてクラインフェルター症候群[注 11]も比較的多く見られる[注 12][16]。また、各種抗がん剤に代表される薬剤[17]放射線への被曝[注 13]、およびダイオキシンや各種環境ホルモンなど、また、活性酸素の関与の可能性、が考えられている[18]

なお、世界保健機関によれば、正常な精液とは精液量2.0ml以上、pH7.2 - 7.8、精子濃度20.0×106/ml以上、総精子数40.0×106/ml以上、精子運動率50%以上または高速に前進する精子が25%以上、正常形態率15%以上、精子生存率75%以上、白血球数1×106/ml以上、が正常値とされる[19]。精液検査では以上の基準との比較のほか、液状化に要する時間、色などの外観[注 14]、粘度[注 15]などが検査される。精液の検査により乏精子症、精子無力症、奇形精子症、無精子症などの診断が可能である。

精子の採取は2日 - 7日[注 16]の禁欲期間の後に医療機関で行い、その場で迅速に検査を行うことが好ましい[注 17]。また、炎症や感染症が考えられる場合には精液を培養し、細菌を調べることもある。

精液そのものの検査のほかに、糖尿病や腎臓病などの疑いのための尿検査、ホルモン検査、後述する抗精子抗体の検査や陰嚢のエコー検査、触診[注 18]なども行われ、さらに必要に応じて精密検査が行われる[20]

特発性造精機能障害

医療技術の進歩により、従来特発性(原因不明)とされていたものに関しても、解析・診断が進んでいる。参考文献に挙げた『不妊・不育』では、各種精巣構成細胞の機能障害、微少なDNA疾患など、さまざまな事例が紹介されている。


注釈

  1. ^ 例えば『不妊・不育』では0.9% - 37.3%の各ケースが紹介されている。なお、1回の排卵周期で妊娠する可能性は15%とされており、計算上、12か月経っても妊娠しない確率は15%程度、24か月であればさらにその15%程度である(男性不妊症外来 p.10)。
  2. ^ 繰り返すが、現在の基準から言えばこれは厳密には男性不妊症ではない。
  3. ^ この記事において挙げられている参考文献で、その比率が具体的に数字として挙げられている例では、男性側にその原因が求められるものは最大のものでも48%である。また、世界保健機関による調査では女性由来が41%、男性由来が24%、男女共に原因ありが24%、原因不明が11%である(『カップルで治す男性不妊』p.14、ただしどの時期に行われた調査であるかは不明)。『不妊治療最前線』では男性側の原因40%、女性側の原因40%、原因不明20%との概算を挙げている。
  4. ^ ちなみにオギノ式は元来は(現在でいうところの)不妊治療として提唱されたものが、避妊用として流用されたものである。
  5. ^ 分泌#作用様式による分類を参照
  6. ^ 精巣上部にある静脈の束が鬱血して太くなる症状。重症化すると陰嚢表面を目で見ただけで確認できる。
  7. ^ 温度上昇説が有力視されている。健常者に比べ陰嚢内温度が0.6 - 0.8度高い(吉田修 (1999) )。ただし異論も見られるほか、その他鬱滞による酸素欠乏、各種神経伝達物質の逆流などの説も考えられている。
  8. ^ 精巣#精子も参照。
  9. ^ 精索静脈瘤があるからといって必ずしも不妊症状が出る訳ではなく、これ自体は一般男性の5.1 - 16.2%にも見られる(『不妊・不育』p.32、吉田修 (1999) )。
  10. ^ 精巣が腹腔内などにあるため温度が高く、正常に精子を造れない状態。ただし、本来あるべき場所である陰嚢に移動させる手術を施しても、造精機能が発揮されるとも限らない。また、左右ともにこの症状を発している場合、その80%に不妊の症状が見られる。
  11. ^ 染色体異常。通常ヒトの染色体は合計46、性染色体はXX/XYであるが、性染色体がXXY、合計47となっている場合。47,XXYとも言われる。通常、男性の場合は46XYと表現される。クラインフェルター症候群#症状も参照。資料によるが造精機能障害全体の1.6%程度がこの疾患が原因である。
  12. ^ 染色体異常全体では無精子症の場合、13.0%がそれに該当するが、精子の量が増えるにつれ割合も低下していき、精子数が正常な群では1.9%である。
  13. ^ 0.2Gyから影響が見られ、0.5Gyを越えると一時的な無精子症となり、6.0Gy以上で非可逆的な無精子症になるとされている。それ以下でも複数回の被曝により完全に造精機能が破壊される。(吉田修の文献では女性の卵子に対して避妊目的での照射し、目的を達成したと報告している。男性の精巣に対する避妊目的での照射例は、現版ではウィキペディア編集者は発見していない)。また、低量の被曝の場合には一時的に造精機能が低下するが、長期的な視点で見れば、かなりの程度まで回復する。
  14. ^ 無精子症などは透明感が強い。その他出血や膿などの確認。
  15. ^ ピペットから重力で滴下した時に2cm以上の糸を引くようであれば異常とされる。
  16. ^ 文献によって多少異なるが、いずれにしても一週間以内の数日間。『男性不妊症外来』によれば、それ以上の期間の禁欲は精子奇形率の増加や運動率の低下がみられる場合がある。
  17. ^ 『不妊治療を治す』によれば、自宅または宿泊施設で採取したものを持ち込む場合、2時間以内が望ましいとされる。『男性不妊症外来』では1時間とされている。
  18. ^ 精索静脈瘤は触診によってある程度の診断が可能である。
  19. ^ 日本人の場合、精液1ml中の精子の数が、1954年には平均約1億5千万匹であったものが、1991年には平均約1億匹に低下したとの報告もある。『女性がよむ男性不妊の本』p.33
  20. ^ すなわち、精子が造られてはいるものの、何らかの原因で外尿道口に到達せず、精液内に精子が含まれない場合。
  21. ^ ただし1999年のwho基準では正常値が15%とされている。この点に関しては新しい文献の入手を待っての調査を要する。
  22. ^ 2010年現在、資料によって70日、74日、76日と少々のばらつきがある。
  23. ^ もちろん不可能な場合も多い。また、夫婦の年齢などを考慮し、手術ではなく人工授精を選択することもできる。
  24. ^ 改善率は58% - 71%、妊娠率は24% - 55%、再発率は数% - 10%程度。精液所見による改善率の報告としては、最大で90%とされるものもある。カテーテルによる塞栓術の場合、静脈瘤の消失は95%、妊娠率は15% - 50%と報告されている。
  25. ^ 補中益気湯八味地黄丸桂枝茯苓丸など。
  26. ^ 男性不妊症のうち、3% - 5%にこの抗体が見られる。外傷や炎症などによる精子の血液中への流入をきっかけとして、免疫反応によりこの抗体が造られると見られる。

出典

  1. ^ 川村健二、【原著】精索静脈瘤による男子不妊症の発生機序 千葉医学雑誌 62(1), 33-39, 1986, NAID 110006180144
  2. ^ “増える不妊治療「子供を持つのは当たり前」なのか”. 毎日新聞. (2016年1月15日). https://mainichi.jp/premier/business/articles/20160114/biz/00m/010/024000c 2016年1月17日閲覧。 
  3. ^ 『不妊・不育』p.27
  4. ^ a b c d e E.婦人科疾患の診断・治療・管理 4.不妊症 2)男性不妊症 日本産科婦人科学会 日産婦誌61巻6号研修コーナー
  5. ^ a b 男性不妊症・機能障害 兵庫医科大学 泌尿器科学教室
  6. ^ 『不妊・不育』p.28、『不妊と男性』p.21 -、p.34 -、p.154 -、『不妊治療最前線』p.20
  7. ^ 『不妊治療最前線』p.80
  8. ^ 『不妊・不育』p.28、『不妊治療最前線』
  9. ^ 『男性不妊を治す』p.55
  10. ^ 『男性不妊症外来』p.13
  11. ^ 『不妊治療ワークブック』p.92
  12. ^ 『男性不妊を治す』p.58
  13. ^ 『女性がよむ男性不妊の本』p.77、『不妊・不育』p.33、『男性不妊を治す』p.63
  14. ^ 『男性不妊を治す』 p.63
  15. ^ 『男性不妊症外来』 p.13
  16. ^ 『カップルで治す男性不妊』p.48
  17. ^ 吉田修 (1999) p.251 外国文献に紹介された精機能障害の原因薬物、p.252 精機能障害をきたす可能性のある薬物。
  18. ^ 『不妊治療最前線』p.24、『男性と不妊』p.154 - 、『不妊・不育』p.27 -、『男性不妊症外来』p.14、吉田修 (1999)
  19. ^ 『EDと不妊治療の最前線』p.118
  20. ^ 『不妊治療最前線』p.82 -、『カップルで治す男性不妊』第2章「男性不妊の一般検査」、第3章「男性不妊の特種検査」、『男性不妊症外来』 II章 「一般精液検査」、『男性不妊を治す』Part3「男性不妊を治す - 診察」
  21. ^ 『不妊・不育』に示された表より。
  22. ^ a b c d 1992年、WHOによる基準。
  23. ^ 『不妊治療最前線』p.48
  24. ^ 『男性と不妊』p.71
  25. ^ 吉田修 (1999)
  26. ^ 『男性不妊症外来』p.116
  27. ^ 『カップルで治す不妊治療』p.97
  28. ^ 『男性不妊症外来』 p.7
  29. ^ 『Dr.ギルバーの泌尿器ガイド』p.54
  30. ^ 『不妊治療最前線』p.43、『Dr.ギルバーの泌尿器ガイド』p.54、吉田修(1999)p.203、『性機能障害と未完成婚』
  31. ^ 『男性不妊症外来』p.15
  32. ^ Q7.不妊症の検査はどこで、どんなことをするのですか? 日本生殖医学会
  33. ^ 精液検査、WHOの基準値とは? 帝京大学医学部泌尿器科アンドロロジー診療
  34. ^ a b 3)精液検査 日産婦誌59巻4号 (PDF)
  35. ^ Yanagimachi R, Yanagimachi H, Rogers BJ. "The Use of Zona-Free Animal Ova as a Test-System for the Assessment of the Fertilizing Capacity of Human Spermatozoa." Biol Reprod 1976 ; 15 : 471―476, doi:10.1095/biolreprod15.4.471
  36. ^ 毎日新聞2017年5月7日 東京朝刊
  37. ^ 『不妊と男性』p.39
  38. ^ 『男性不妊を治す』p.110、『男性不妊症外来』p.144 -
  39. ^ 『不妊治療ワークブック』p.93
  40. ^ 『男性不妊を治す』p.112 - 、吉田修 (1999) などにおいて、各症状においての術式の解説がなされている。
  41. ^ 『不妊と男性』p.92(2004年)。ただしやはり体内から採取した精子は状態が良いとは言えず、通常の人工授精ではなく、顕微受精が相当である場合も多い(『不妊・不育』p.265)。また、生命倫理学上の観点からの問題も提起されている。
  42. ^ 『不妊・不育』p.35、『男性不妊を治す』p.65、吉田修 (1999) 、『男性不妊症外来』「抗精子抗体の治療」p.121 -


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