滑空
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/28 23:33 UTC 版)
クロス・カントリー飛行
グライダーが1 m沈下する間に飛行できる距離は、揚力と抗力の比率(揚抗比、L/D)から見積もられる。形式によって異なるが、最新の設計の機体では44:1~70:1の間である。
この性能のグライダーは、通常の上昇気流を利用して長距離を高速で飛行できる[33]。ちなみに、1,000 kmの距離を飛行したときの平均速度記録は169.7 km/時である[34]。北ヨーロッパのような条件の劣る場所でも、熟練したパイロットが毎年何人も500 km以上の飛行を行っている[35]。
訓練生のような、単独飛行を始めたばかりのグライダー・パイロットは、出発した飛行場まで滑空して帰れる範囲に居なければならない。クロス・カントリー飛行は、出発した飛行場から離れたところで上昇気流を探し出し、航法を行い、必要に応じてどこかに着陸できるだけの十分な技能を修得して、はじめて許される行動である。
1960年代以降はグライダーの性能が向上した[36]ため、機体回収の手間を伴う「片道飛行で出来るだけ遠くまで」という飛行目標は流行らなくなった。現在では、計画した周回コースを経由して出発飛行場に戻ってくる飛び方が通常である。
高速飛行を一層楽しむために、競技会種目には速度競走が取り入れられた。最も速く飛んだパイロットを勝者とするが、天候が悪くて完翔できない場合は、最も遠くまで飛んだ者を勝者とする。競技距離は1,000 kmまであり[37]、平均速度120 km/時は珍しくない。
競技では、はじめに地上の監視役員が、グライダーが旋回点を回ったことを確認する。後刻、パイロットはその地点を撮影した写真を裏づけとして提出する。
現在ではグライダーが正確なGNSSフライトレコーダーを搭載していて、数秒おきにGPS衛星から送られた位置情報を記録している[38]。
全国大会は1週間、世界選手権大会は2週間以上の日程で行われる。全種目の累計得点が最高のパイロットが勝者になる。ただし、このような競技会でも一般の注目を集めることは無い。例えば、多数のグライダーが一斉にスタートを切ることは迫力ある情景ではあるが危険であるため、間隔をあけた個別出発法が採られている。また、見物人がグライダーを見ることができるのは、どの競技でも短時間に過ぎない。さらに、採点法も複雑である。そのため、グライダー競技のテレビ放映も難しい。
グライダー競技を広くアピールするために、新方式のグランプリ競技方式が導入されている[39]。改良点は、少数機で同時出発をすること、何回も周回する競技法にしたこと、採点法を単純にしたことである。
インターネットを利用した分散開催形式のオンライン競技会もある[40]。パイロットは自分のGPSデータをアップロードすると、それからの飛行距離が自動的に採点されるようになっている。2006年には、全世界の7,800名のパイロットが参加した[41]。
平均飛行速度の最大化理論
クロス・カントリー競技で、飛行速度を数学的に最適化する理論を発展させたのは、ソアリングの開拓者のポール・マクレディー(Paul MacCready)の功績とされている[42]。
この方法は1938年にウォルフガング・シュペーテ(Wolfgang Späte)が発表したものである。シュペーテは、後年、第二次世界大戦時のドイツ空軍で、ロケット戦闘機メッサーシュミット Me163を操縦している[43]。
この飛行速度理論は、サーマルの強さ、グライダーの性能ほかの変数から、サーマルとサーマルの間を渡るときの最適飛行速度を算出することが出来る。グライダーを速く飛ばすと、次のサーマルに短時間で到着できる。他方、高速で飛行するほど沈下高度が増え、失った高度を回復するためにサーマル内で旋回飛行を行う時間は長くなる。マクレディーの飛行速度理論は、サーマルの間を渡る飛行と、高度を回復するためのサーマル内の飛行の兼ね合いを計算するものである。競技に出場するパイロットたちは、機載のコンピューターにマクレディー理論のプログラムを入れておき、最適飛行速度を求めている[44]。
このような理論を使うとしても、平均速度を向上させる決め手は、パイロットが強力なサーマルを見つけ出す能力である。
強力なサーマルの存在が予測されている空域のクロス・カントリー飛行では、バラストの水を主翼内と垂直尾翼内のタンクまたは袋に搭載する。主翼のバラスト搭載位置は主桁の前で、重心位置を前進させるので、それを補正するために後方にある垂直尾翼にも搭載する[45]。
バラストを積むと翼面荷重が増え、最大揚抗比になる速度が大きくなるので、サーマル間を渡る時間は短縮される。その反面、上昇気流内の上昇速度は低下し、旋回半径が大きくなってサーマル内に収まりにくくなる[45]。
サーマルやウエーブなどの上昇気流が強力である場合は、バラスト搭載による上昇気流内の性能低下の影響が小さくなるので、敢えてグライダーを重くして、平均速度や一定時間の飛行距離を数%向上させる。上昇気流が予想より弱かった場合、場外着陸を行う場合は、パイロットは排出バルブを開いてバラストの水を機外に捨てる。
飛行技能バッジ
1920年代以来、パイロットが達成した滑空飛行の成果は、授与されたバッジで示される[46]。
初単独飛行のような低位のバッジは、各国の滑空協会が独自の規定によって授与している。通常では、銅バッジが、クロス・カントリー飛行・指定地着陸・立証されたソアリング飛行の達成を示している。
高位のバッジ授与は、F.A.I.の滑空委員会が下達した標準基準による[47]。F.A.I.のスポーティング・コードは、バッジ申請を認定するときの立会人や測定方法を定めており、それに拠れば飛行距離はkm単位、獲得高度はmで測定することになっている[48]。
銀Cバッジは、1930年に制定された[46]。銀バッジを獲得するには、獲得高度1000m以上・5時間以上の滞空・直線距離50 km以上のクロス・カントリー飛行の達成が必要である。この3基準は、例外もあるが、通常は別々の飛行で達成される。
金バッジやダイヤモンド・バッジを獲得するためには、更に高く、遠くまで飛ばなければならない。ダイヤモンド・バッジの場合は、事前に目的地を定められた300 kmの飛行・目的地を定めない500 kmの連続飛行・獲得高度5,000 mが必要である。
F.A.I.では1,000 km飛行の認定書を発行しており、更に250 km延ばした飛行の認定書もある。
アウト・ランディング(場外着陸)
クロス・カントリー飛行中に天候の悪化などによって上昇気流が見つからなかった場合、パイロットは飛行場に戻るか、アウト・ランディングするかを選択しなければならない[49]。迷惑なことに、「アウト・ランディング」は非常時の緊急着陸と混同されることが多いが、これはクロス・カントリー飛行中にいつでも起こる普通の事柄に過ぎない。パイロットは、穀物や家畜などの財物に被害を与えないような着陸場所を選ばなければならない[50]。
グライダーとパイロットは、着陸場所から専用のトレーラーによって回収される。あるいは、グライダーが飛行機の発着に対応できる場所に降りていて、地主が承諾すれば、曳航機を呼び寄せてそこから曳航で再離陸こともできる。この場合、パイロットは離着陸費と曳航費を支払うことになり、高いものに付くかもしれない。
エンジンとモーターの使用
重量と費用がかさむが、グライダーに小さな原動機をつけてモーター・グライダーにする方法もある。そうすれば、アウト・ランディングの必要は無くなる[51]。
原動機は、内燃エンジン・電気モーター・引き込み式のジェットエンジンなどである。高性能のソアリング機には、引き込み式のプロペラが取り付けられ、いわゆるツーリング・モーター・グライダーには固定式プロペラが装備される。曳航機を使わなくても自力発航出来るモーター・グライダーもあるが、小出力のサスティナー(飛行支持用エンジン)で飛行は延長できるものの、離陸発航は出来ないものもある[52]。
原動機は空中で始動できるようになっているが、それに失敗することもあるので、安全にアウト・ランディングできる余裕は必要である。競技でエンジンを使うと、成績となるソアリング飛行は打ち切りになる。 エンジンをつけないグライダーは軽く、エンジンの再始動失敗のリスクが無く、低高度の弱いサーマルを安全に利用出来る。それゆえに、モーター・グライダーが飛び続けられない状況でも、無動力のグライダーは競技を飛びきることが出来る。
それに対してモーター・グライダーは、いつでもエンジンを始動させられる。無動力機はソアリングできなくなった状況では、遠くにアウト・ランディングをせざるを得ず、トレーラーで回収することになる。 エンジンはいつでも取り付けられるので、どちらが滑空活動の負担になるか、意見が分かれるところである。
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