反応速度論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/27 00:13 UTC 版)
遷移状態理論
衝突説を基に構築された反応速度論は、分子の反応させる原動力であるエネルギーがどのように供給されるかを明確にしたり巨視的な反応速度式の振る舞いを導出できたものの、実際に分子の結合がどのように組み変わって新しい分子が生成するかという化学反応の本質部分については明確な示唆を与えることができない。すなわち、反応速度式の立体因子や活性化エネルギーの成り立ちについては別のモデルによる理論構築が必要となる。
反応において活性錯合体の存在を想定して、活性錯合体が存在する遷移状態の振る舞いに関する物理化学的理論体系を遷移状態理論と呼ぶ。遷移状態理論による熱力学的な解析により、立体因子と活性化エネルギーが持つ意味や反応機構の物理学的妥当性を明確にすることができる。遷移状態理論の成り立ちにおいては古典的な熱力学により定式化されたが、遷移状態理論で用いられたモデルを量子化学的に拡張することで、分子動力学へと展開した。
活性錯合体
活性錯合体とは遷移状態理論においてモデル化された、化学反応の素反応(過程)において原系(反応物側の系)と生成系(生成物側の系)へと連続的に変化する分子(または原子)の複合体(一時的な結びつきを持った集合体)である。反応中間体や遷移状態と呼ばれる状態がこれにあたる。
活性錯合体では結合あるいは乖離する分子(または原子)間の距離は様々に変化するが、その距離の変化に応じて、様々なポテンシャルエネルギーの値をとる。ポテンシャルエネルギーは厳密にはエントロピー変化を考慮して、ギブス自由エネルギー(定圧過程の場合)あるいはヘルムホルツ自由エネルギー(定積の場合)で表される。
一般に反応の遷移状態を表現する原子配置(内部座標)とポテンシャルエネルギーの関係を表したポテンシャルエネルギー曲面において、化学反応は原系から生成系へとポテンシャルエネルギーが局所的に最小となる経路を通過する。この反応が通るポテンシャルエネルギー曲面の経路が反応座標であり、狭義では活性錯合体は反応座標におけるポテンシャルエネルギーの極大点の状態を指す。
絶対反応速度論
遷移状態理論のモデルに基づいて、ハンガリー生まれのマイケル・ポランニーとイギリスのエヴァンス (M. G. Evans) あるいはハンガリー生まれのユージン・ウィグナーとアメリカのヘンリー・アイリングは反応速度論を発展させた。特にアイリングは1935年に、反応速度の絶対値が理論的に求められる反応速度論であることから絶対反応速度論(theory of absolute reaction rates)と呼んだ遷移状態理論で体系付けた。今日の分子動力学はアイリングの絶対反応速度論にその源流を求めることができる。
今、つぎの反応
について考えるとき、絶対反応速度論では反応速度v は反応座標系で活性錯合体(遷移状態)を通過する頻度νと活性錯合体のモル濃度[A…B…C*]の積で定義される。アイリングは原系(A + BC)と活性錯合体(A…B…C*)はどの反応座標を通過するかの自由度は持つものの原系とは化学平衡の状態にあると仮定する。その場合、頻度νは遷移状態を通過する平均速度で表すことができる。
したがって反応速度k は次のように表現される:
ここで、κは透過因子(補正係数)である。速度係数構文解析に失敗 (SVG(ブラウザのプラグインで MathML を有効にすることができます): サーバー「http://localhost:6011/ja.wikipedia.org/v1/」から無効な応答 ("Math extension cannot connect to Restbase."):): {\displaystyle K^\ddagger} は化学平衡式より
の関係にあり熱力学の化学平衡とギブスエネルギーの関係式より次のように展開される。
ここで、
: 活性化自由エネルギー
: 活性化エンタルピー
: 活性化エントロピー
である。アイリングの絶対反応速度論は改良が試みられて、一般化した遷移状態理論(いっぱんかしたせんいじょうたいりろん、generalized transition state theory)とも呼ばれる。たとえば、
- 透過係数 κ はアイリングは特に言及せず一般的にはとしたが、今日では量子化学的に解釈されトンネル効果の補正や一旦ポテンシャルエネルギー極大を超えた後に原系に戻る頻度を表している。
- アイリングは原系の状態とポテンシャルエネルギー曲面とは無関係と考えたが、実際には原系のエネルギー状態により遷移状態(ポテンシャルエネルギー極大点)の曲面上の位置が変化する。
- 原系のエネルギーが大きくなると、遷移状態付近の曲率が小さくなり(ボトルネックが広くなる)ので、極大を超えた後に原系に戻る頻度が増大する。
などの点がアイリングの論とは異なる。
- ^ 高等学校化学で用いる用語に関する提案 (2)(日本化学会、2016年2月26日更新版)。[リンク切れ]
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