労働者災害補償保険 併給調整

労働者災害補償保険

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/03 12:35 UTC 版)

併給調整

同一の事由により、労災保険の年金給付と、社会保険(国民年金厚生年金等)の年金給付が支給されるとき、当該労災保険の年金給付額に所定の調整率(0.73〜0.88)が乗じられて減額支給される(社会保険の側では調整されない。ただし共済年金の場合は、労災保険は減額されない。)。同一の事由である限り、それぞれの受給権者が異なる場合であっても調整の対象となる。ただし、調整により受給総額が減少してしまう場合、調整前の労災保険給付額から社会保険給付額を引いた額を調整後の労災保険給付額とする。つまり、少なくとも併給により年金受給総額の低下が発生しないようになっている。なお同一の事由により遺族厚生年金・障害厚生年金の受給の開始・終了・額の変更があったときは、遅滞なく所轄労働基準監督署長に文書で届出なければならない。

同一の事由により、労災保険の障害(補償)一時金と、厚生年金の障害手当金が支給される場合、障害(補償)一時金が全額支給され、障害手当金は支給されない。

なお、同一の事由によらない場合は、労災保険の年金給付と社会保険の年金給付は併給できる。例えば、親の死亡により遺族補償年金を受けている者が、配偶者の死亡により遺族基礎年金を受けることになった場合、両者は併給できる(同一人の死亡でないため)。

保険給付を受ける者の保護

保険給付を受ける権利は、実際に労働災害が起こった会社を退職しても消滅することはない。また譲り渡し担保に供し、又は差し押さえをすることもできない(第12条の5)。ただし、年金たる保険給付を独立行政法人福祉医療機構が行う小口貸付の担保に供する場合は例外[注釈 31]である。なお休業(補償)給付については受任者払いが認められていて、労働者が事業主等にその受領を委任しているときは、原則として当該事業主等に支払われる。

保険給付を受ける権利を有する者が死亡した場合において、その死亡した者に未支給の保険給付(請求自体がなされていないものを含む)があるときは、死亡当時その者と生計を同じくしていた遺族(配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹。公的年金とは異なり「3親等以内の親族」は含まない。また「生計維持」までは求められていない)は、自己の名でその未支給の保険給付の支給を請求することができる(第11条1項、2項)[注釈 32]。未支給の保険給付の請求権者がいない場合、死亡した受給権者の相続人が請求権者となり、未支給の保険給付の請求権者がその支給前に死亡した場合、その死亡した請求権者の相続人がその支給を受けることができる(昭和41年1月31日基発73号)。なお遺族(補償)年金については転給があるため、受給権者の遺族ではなく死亡した労働者の遺族が未支給の保険給付を受給することになる。未支給の保険給付を受けるべき同順位者が2人以上あるときは、その1人がした請求は、全員のためその全額につきしたものとみなし、その1人に対してした支給は、全員に対してしたものとみなす(つまり、未支給の保険給付は代表者1人に対して支給するものであり、親族間の調整はその代表者の責任で行わなければならない[注釈 33]。第11項4項)。

さらに租税その他の公課は、労災給付として支給を受けた金銭を標準として課することができない(第12条の6)。労災保険に関する書類に印紙税は課されない(第44条)。

なお特別支給金については保険給付とは異なるため、譲渡等の対象となる(退職後の権利や公課の禁止は運用上保障されている)。

保険給付制限

労働者が故意に事故を生じさせた場合は、保険給付は全く行われない(絶対的支給制限、第12条の2の2第1項)。業務遂行性の有無は問わない。ここでいう「故意」とは、「結果の発生を意図した故意」をいい、事故発生の直接の原因となった行為が法令上の危害防止に関する規定で罰則の附されているものに違反すると認められる場合について適用される(昭和52年3月30日基発192号)。したがって、「未必の故意」はここでいう故意に含まれないものと解される。

  • もっとも、自殺を一律に「故意」と判断するのは妥当ではない。例えば、業務上の精神障害によって、正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたと認められる場合には、結果の発生を意図した故意には該当しない。遺書を残して自殺したとしても、遺書自体は自殺に至る経緯に係る一資料にすぎない(平成11年9月14日基発545号)。
  • 被災労働者が結果の発生を認容していたとしても、業務との因果関係が認められる事故については支給制限は行わない。
  • 二次健康診断等給付については、支給制限の問題は生じない(平成13年3月30日基発第233号)。

労働者が故意の犯罪行為もしくは重大な過失により事故を生じさせた場合は、給付額(休業・傷病・障害(補償)給付)の30%を減額される場合がある(相対的支給制限。ただし年金給付については、療養開始後3年以内に支払われる分に限る。第12条の2の2第2項)。「故意の犯罪行為」とは、事故の発生を意図した故意はないが、その原因となる犯罪行為が故意によるものをいう(昭和52年3月30日基発192号)。

労働者が正当な理由なく療養上の指示に従わず悪化、または回復を妨げた場合は、休業(補償)給付の場合は10日分、傷病(補償)年金の場合は10/365の相当額を減額される場合がある(相対的支給制限)。

労働者が正当な理由なく報告書等の届出・物件の提出をしないときは、保険給付の支払いを一時差し止めをすることができる。

労働者が少年院、刑事施設等に収容等の場合、休業(補償)給付の支給は行わない(未決勾留の場合を除く)(第14条の2)。この期間は待期にも数えられない。

特別加入者の場合、次の事故に係る保険給付及び特別給付金の全部または一部を行わないことができる。

  • 中小事業主(第1種特別加入者本人)の故意または重大な過失によって生じた業務災害の原因である事故
  • 中小事業主、一人親方等の団体、又は海外派遣者の派遣元の団体もしくは事業主が、特別加入保険料を滞納している期間(督促状の指定期限後の期間に限る)中に生じた事故

注釈

  1. ^ 労働者災害補償保険法では「労働者」の定義規定を置いていないが、法律の目的・趣旨等から、労働基準法上の労働者を指すと解される(平成23年厚生労働省「労使関係法研究会報告書(労働組合法上の労働者性の判断基準について)」)。最高裁判所も同様の立場をとっている(横浜南労基署長事件、最判平成8年11月28日)。
  2. ^ 「労働保険の保険料の徴収等に関する法律」第3条において「労災保険法第三条第一項の適用事業(=労働者を使用する事業)の事業主については、その事業が開始された日に、その事業につき労災保険に係る労働保険の保険関係が成立する」と定められており、労災保険が自動的に適用される規定となっている。なお、これにより労災保険への加入漏れは存在しないこととなるので、全ての労働者が労災補償を受けることができるようになっている。
  3. ^ 船員法国土交通大臣の所管のため、厚生労働大臣は労災保険の施行のために必要があると認めるときは、国土交通大臣に対し、船員法にもとづき必要な措置を取るべきことを要請することができる(第49条の2)とされる。
  4. ^ ただし、労災保険と同時徴収される石綿による健康被害の救済に関する法律に基づく一般拠出金は外交特権の対象となり納付の義務を負わない。
  5. ^ 類似の任意加入制度を持つ雇用保険では「労働者の2分の1以上の希望」となっている。したがって、常時4人の労働者を使用する個人事業主が任意加入する場合、雇用保険では2人の希望、労災保険では3人の希望があったときに任意加入しなければならない。
  6. ^ 保険料の対象となる賃金は、「役員報酬」の部分は含まず、労働者としての「賃金」部分のみである。
  7. ^ 使用する場合であっても、使用する日の合計が年100日未満の場合を含む。
  8. ^ 特別加入者の具体的な範囲は、派遣元の団体又は事業主が申請書によって確定する。海外派遣者の特別加入制度では中小事業主等の特別加入制度の場合と異なり、加入者の範囲は、派遣元の団体又は事業主が任意に選択することが可能であるが、制度の運用にあたっては、できる限り包括加入するよう指導すること(昭和52年3月30日基発192号)。
  9. ^ この承認は、早くても特別加入申請書提出の翌日以降となるため(提出当日の承認は不可。昭和52年3月30日基発192号)、加入しようとする者が海外に渡航するまでの間に提出を行わなければ、承認までの間労災保険の対象外となる可能性がある。
  10. ^ 労働基準法第87条1項、および徴収法第8条1項が適用される事業。当該事業においては、事業主と雇用関係にない労働者の労災保険料も事業主が支払う。
  11. ^ 令和3年4月の保険料率改定では変更なしとされた。ただし、「水力発電施設、ずい道等新設事業」については特例がある[1]
  12. ^ 法文上は「労災保険率と同一の率から労災保険法の適用を受けるすべての事業の過去3年間の二次健康診断等給付に要した費用の額を考慮して厚生労働大臣の定める率を減じた率」(徴収法第13条)であるが、現在「厚生労働大臣の定める率」はゼロとされているので、結果的には一般保険料率と同一の率になるのである。
  13. ^ 平成23年度以前に保険関係が成立した事業については、100万円以上。
  14. ^ 平成26年度以前に保険関係が成立した事業では、1億2千万円以上。
  15. ^ 労働基準法に定める災害補償の価額の限度で行われる。したがって、平均賃金よりも給付基礎日額が高額な場合、平均賃金を用いて費用徴収に係る保険給付の額を計算する。なお労働基準法上規定のない二次健康診断等給付については費用徴収は行わない(平成13年3月30日基発第233号)。
  16. ^ なお、このような場合には、各事業場毎に労働保険関係を成立させ労働保険料を申告・納付するか、(事業の種類が同じ場合に限り)本社等主たる事業場に手続を一括する申請(=継続事業の一括)を労働局長あてに申請し承認を受ける必要がある。
  17. ^ 事業の存在については運輸局、法務局、日本年金機構等と定期的に情報交換をしている。
  18. ^ 労働組合の非専従者である労働者が会社の業務に従事中災害を蒙った場合の災害補償費の算定基礎となる平均賃金は、会社よりその労働者に対して支払った賃金額についてこれを計算するのであって、この場合労働組合より支払を受けたものは平均賃金算定の基礎とはならない(昭和24年11月11日労収第8377号)。
  19. ^ 実務上は、事業主証明を拒否された申請書が労働者から提出された場合、労働基準監督署は受理したうえで、事業主に対して「証明拒否理由書」を提出するよう求めている。労災か否かの判断はあくまで労働基準監督署が諸事情を考慮して行うものであり、事業主証明の有無が直接労災認定の可否につながるものではない。
  20. ^ 療養の給付と療養の費用の支給のいずれを受けるかが、労働者の選択に委ねられているのではない。あくまで療養の給付が原則で、療養の費用の支給は例外的な措置である。療養の給付を原則としたのは、業務上の傷病を回復するための給付を指定病院において直接に行なうことによって補償の実効と適正を期そうとしたものである。昭和41年2月の改正法施行により、それまでの「療養の費用の支給が原則」から転換した(昭和41年1月31日基発73号)。
  21. ^ 療養の費用の支給を強いて制限する趣旨のものではないので、上に述べた原則の適用については、被災者の便に支障を生ずることのないよう配意する必要がある(昭和41年1月31日基発73号)。
  22. ^ 13級と9級を併合する場合、8級となるが、支給額はこのケースのみ例外として13級の額(101日分)と9級の額(391日分)との合算額である492日分となり、8級の額(503日分)とはならない。
  23. ^ 最初の支払期日から1年経過月以後の分は年5分の単利で割り引いた額となる。
  24. ^ 「生計維持」の認定は厚生労働省労働基準局長が定める基準によって行う(規則第14条の4)。
  25. ^ 「異常の所見」とは、検査の数値が高い場合(高比重リポ蛋白コレステロール(HDLコレステロール)にあっては低い場合)であって、「異常なし」以外の所見を指すものであること。ただし、一次健康診断の担当医が各項目について異常なしの所見と診断した場合であっても、産業医(労働安全衛生法第13条1項)や労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識を有する医師(地域産業保健センターの医師、小規模事業場が共同選任した産業医の要件を備えた医師等。労働安全衛生法第13条の2)が、一次健康診断の担当医が異常なしの所見と診断した検査の項目について、当該検査を受けた労働者の就業環境等を総合的に勘案し異常の所見が認められると診断した場合には、産業医等の意見を優先し、当該検査項目については異常の所見があるものとすること(平成13年3月30日基発第233号)。
  26. ^ 二次健康診断を受診した結果、既に脳血管疾患又は心臓疾患の症状を有していると診断されたことにより、療養補償給付等の他の保険給付の請求がなされた場合は、通常の脳及び心臓疾患に係る労災請求事案と同様に平成7年2月1日基発第38号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」に基づき業務上外の判断を行うこと(平成13年3月30日基発第233号)。
  27. ^ 一次健康診断を実施した次の年度に当該一次健康診断に係る二次健康診断等給付を支給することは可能である。ただしその場合は、当該年度に実施した定期健康診断等について、同一年度内に再度二次健康診断等給付を支給することはできないものであることに留意されたい(平成13年3月30日基発第233号)。
  28. ^ 二次健康診断を勤務中に受診せざるを得ない揚合においても、その受診に要した時間に係る賃金の支払いについては、当然には労働者の負担すべきものではなく労使協議して定めるべきものではあるが、脳及び心臓疾患の発症のおそれのある労働者の健康確保は、事業の円滑な運営の不可欠な条件であることを考えると、その受診に要した時間の賃金を事業主が支払うことが望ましいこと(平成13年3月30日基発第233号)。
  29. ^ コック食品事件(最判平成8年2月23日)では、「特別支給金が被災労働者の損害を填補する性質を有するということはできず、したがって、被災労働者が労災保険から受領した特別支給金をその損害額から控除することはできない」としている。
  30. ^ 同項に定める「臨時に支払われた賃金」「通貨以外のもので支払われた賃金で一定の範囲に属しないもの」は含まない。
  31. ^ 2022年3月末をもって、福祉医療機構による年金を担保とする貸付の新規受付は終了し、4月以降は既存債権の管理回収業務のみである。
  32. ^ じん肺と認めなかった国の決定取消を求める訴訟を起こした原告が死亡した場合、死亡した者の遺族が当該訴訟を承継することができるかどうかが争われた事件において、最高裁判所は、未支給の労災保険給付を受けることができる遺族であるなら、訴訟承継することができると判断した(最判平成29年4月6日)。似た趣旨の規定を持つ国民年金法においては訴訟承継できないとの最高裁判例があり(最判平成7年11月7日)、法令により扱いは異なる。
  33. ^ この規定は、2人以上が同時に請求した場合に、請求人の人数で等分して各人に支給することを排除する趣旨のものではない(昭和41年1月31日基発73号)。
  34. ^ ここで言う第三者とは、請求者(被災労働者)、保険者(政府)以外の第三者。交通事故の相手方の場合もあれば、同僚、事業主等の場合もある。

出典

  1. ^ a b c d 令和3年4月1日から労災保険の「特別加入」の対象が広がります厚生労働省
  2. ^ 令和4年4月1日から労災保険の「特別加入」の対象が広がりました厚生労働省
  3. ^ 令和4年7月1日から労災保険の「特別加入」の対象が広がりました厚生労働省
  4. ^ 令和元年7月31日厚生労働省告示68号
  5. ^ 平成28年版厚生労働白書 p.326
  6. ^ 石綿健康被害救済法が改正されました厚生労働省
  7. ^ 遺族年金、受給資格の男女差「違憲」 大阪地裁が初判断日経新聞 2013年11月25日
  8. ^ 労働保険審査制度の仕組み(厚生労働省HP)






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