ホール・エルー法 課題

ホール・エルー法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/07 07:01 UTC 版)

課題

  1. 高温を必要とする
    アルミナを溶かすため莫大な温度、エネルギーを必要とする[15]
  2. 電解液の腐食性が非常に高い
    融剤に使われるフッ素化物は非常に腐食性が強く、電解液を貯められる容器が存在しない。やむを得ず冷却して固体化したフッ素化物自身を利用しているが容器を冷却しつつ電解液を溶かすために多くの熱量を必要とする[15]
    これによりホール・エルー法は自由エネルギー変化ではなくエンタルピー変化となる。固体酸化物形電解セルのように発熱を無駄なく分解に利用し高い効率を得ることが出来ない。
    効率を上げるためには大型化で容器の表面積を減らすなどして熱損失を抑えると同時に電解液を最適な組成に保つなどして過電圧を抑え理論電圧に近づける必要がある。
    熱損失だけを抑えても過電圧が大きければ電解液が熱くなりすぎて電解槽を溶かしてしまうし、過電圧だけを下げて発熱を抑えても熱損失が大きければ電解液が冷えすぎて固まってしまう。
  3. エネルギー効率が悪い
    上記の短所によりエネルギー効率が悪い。アルミの発熱量は8.6kWh/kgに対し製造に必要なエネルギーは15 - 18kWh/kgと莫大で半分以下のエネルギー効率でしかない。
  4. 電極を消耗する
    陽極の炭素電極は酸素と反応し消耗するため交換が必要。
  5. 二酸化炭素を生じる
    電極が消耗して二酸化炭素が生じる。地球温暖化を促進するリスクとなる。

新技術・競合技術

非消耗電極

高い温度、腐食性ゆえ非消耗電極の開発は困難を極める。

大きく分けて、金属、サーメットセラミックの3種類があり、金属は導電性に優れる一方セラミックは侵食が小さい。サーメットは大凡その中間の性質を持つ。[19]

ニッケル、銅、鉄、リチウムなど多種多様な金属およびその酸化物を用いて開発が行われてきたが[20]、十分な導電性と耐蝕性を併せ持つ電極は未だ実用化に至っていない。

アルコアは、電力源に自然エネルギーを用いるだけでなく、炭素電極を非消耗型の電極に置き換えることでCO2排出を限りなくゼロに近づける方法を開発。2018年には、この実用化を目指すエリシス(Elysis)にアルコア、リオ・ティントと、Appleやカナダ、ケベック州政府が総額1億4,400万ドル出資した。2024年に実用化を目指している。[21][22][23][24]

特許情報によればELYSISの開発した電極には銅、ニッケル、鉄、酸素が用いられる他予期せぬテルミット反応を防ぐための監視装置を考案している。[25]

湿式電解製錬

アルミナを熱で溶かすのではなくイオン液体に溶かして電気分解する。

湿式電解製錬は空気アルミニウム電池充電と全く同じプロセスである。

富士色素が空気アルミニウム電池の二次電池化に成功した他[26]電池開発の観点から精力的な研究が続けられている。

塩化アルミニウム

アルミナを一旦塩素と反応させ融点の低い塩化アルミニウムを合成、これを電気分解する。

必要な電力は9.6kWh/kg-Alほどであり、ホール・エル―法より25%ほど必要な電力を少なく出来る。

標準自由エネルギーの問題で炭素などの脱酸素剤が反応に必要となるが[27]、電極と異なり強度は必要ないので、生物由来のバイオカーボンを使うことが出来、カーボンニュートラルを実現しやすくなる。

塩素と原料の不純物によって起こる有害な塩素化合物が生成される点が問題となっている。[28]

炭素還元

電気を用いず炭素だけで還元する。理論的には2080℃まで加熱すれば可能だがそのような高温は実現が困難である。

そこで、まずアルミの炭化物、塩化物を作る方法、ケイ酸、酸化鉄と混合して粗合金を得た後に精錬する方法が考えられたが、いずれもホール・エルー法に勝るだけのコスト、エネルギー効率を達成できていない[29][30]


注釈

  1. ^ 氷晶石と共に使用する融剤として、フッ化アルミニウムを挙げる資料も存在する[14]
  2. ^ 製造に際し要する電気の量として「アルミニウム1tを製造するのに20,000kWh必要」というふうな説明の仕方を採っている資料(動画資料)も存在するが、この動画資料では更に、飲料用アルミ缶(具体的な缶の大きさに関する説明は無いが、映像に登場するアルミ缶を目視する限りでは350ml入りアルミ缶と推測される)1個を製造するのに必要な電力として「100W電球を2日間点けっぱなしにするほどの電気量」とも説明している[16]

出典

  1. ^ 溶融塩電解”. コトバンク. 朝日新聞社. 2016年4月29日閲覧。
  2. ^ No.1 アルミ[原料]その1”. 『やさしい技術読本』1997年3月発行分. 神戸製鋼所(KOBELCO) (1997年3月). 2017年5月11日閲覧。
  3. ^ パリ万博で登場した「粘土から得た銀」”. 歴史を見たマテリアル. 神戸製鋼所. 2016年4月30日閲覧。
  4. ^ Manufacturer and builder / Volume 20, Issue 9, 1888”. 2016年4月30日閲覧。
  5. ^ George J. Binczewski (1995). “The Point of a Monument: A History of the Aluminum Cap of the Washington Monument”. JOM 47 (11): 20-25. Bibcode1995JOM....47k..20B. doi:10.1007/BF03221302. http://www.tms.org/pubs/journals/JOM/9511/Binczewski-9511.html. 
  6. ^ 岩崎廣和「認定化学遺産 第028号 日本初のアルミニウム生産の工業化 : 電気の原料化と国産技術の振興を理念に (特集 化学遺産の第5回認定)」『化学と工業』第67巻第7号、日本化学会、2014年7月、599-601頁、ISSN 0022-7684NAID 40020140794 
    岩崎廣和「日本初のアルミニウム生産の工業化 : 認定化学遺産第028号「日本初のアルミニウム生産の工業化に関わる資料」(ヘッドライン:化学遺産,遺跡をたずねる)」『化学と教育』第64巻第1号、2016年、16-19頁、doi:10.20665/kakyoshi.64.1_16 
  7. ^ アルミニウムの歴史”. 日本アルミニウム協会. 2016年4月30日閲覧。
  8. ^ 大澤直『現場で役立つ金属材料の基本と仕組み』秀和システムズ〈図解入門 : How-nual. Visual Text Book〉、2015年、135頁。ISBN 978-4-7980-4325-8 
  9. ^ アルコア”. コトバンク. 朝日新聞社. 2016年4月30日閲覧。
  10. ^ 大澤直『よくわかるアルミニウムの基本と仕組み』秀和システムズ〈図解入門 : How-nual Visual Guide Book〉、2010年、39頁。ISBN 978-4-7980-2506-3 
  11. ^ Production of Aluminum: The Hall-Heroult Process”. National Historic Chemical Landmarks. American Chemical Society. 2014年2月21日閲覧。
  12. ^ Solheim, Asbjorn (2019年4月24日). “Is aluminium electrolysis using inert anodes a blind alley?” (英語). #SINTEFblog. 2022年5月7日閲覧。
  13. ^ Das, Subodh (2012). “Achieving Carbon Neutrality in the Global Aluminum Industry”. JOM 64 (2): 285-290. doi:10.1007/s11837-012-0237-0. ISSN 1047-4838. 
  14. ^ アルミニウムの製造工程”. アルミニウムとは(基礎知識). 日本アルミニウム協会. 2017年5月11日閲覧。 “当該ページ後半の「アルミナ→アルミニウム」項より”
  15. ^ a b c 曻, 増子、紘一郎, 眞尾「アルミニウム製錬技術の現状」『軽金属』第65巻第2号、軽金属学会、2015年、66-71頁、doi:10.2464/jilm.65.66 
  16. ^ elements~メンデレーエフの奇妙な棚~(10)”電気の缶詰~アルミニウム~” (インターネット番組). 科学技術振興機構サイエンスチャンネル). (2004年). 該当時間: 08:40. https://sciencechannel.jst.go.jp/C043302/detail/C043302010.html 2017年5月11日閲覧。 
  17. ^ アルミとは?”. アルミ精密切削加工.COM. (株)昭洋精機. 2017年5月11日閲覧。 “当該ページ後半の「3.アルミ製錬と電気」項より”
  18. ^ アルミニウムの製錬-中学”. NHK for School. 日本放送協会. 2017年5月11日閲覧。 “説明用動画有”
  19. ^ He, Yong; Zhou, Ke-chao; Zhang, Yan; Xiong, Hui-wen; Zhang, Lei (2021-11-23). “Recent progress of inert anodes for carbon-free aluminium electrolysis: a review and outlook” (英語). Journal of Materials Chemistry A 9 (45): 25272-25285. doi:10.1039/D1TA07198J. ISSN 2050-7496. https://doi.org/10.1039/D1TA07198J. 
  20. ^ Padamata, Sai Krishna and Yasinskiy, Andrey S and Polyakov, Peter V (2018). Progress of inert anodes in aluminium industry. Сибирский федеральный университет. Siberian Federal University. http://elib.sfu-kras.ru/handle/2311/70987. 
  21. ^ Apple、先進のカーボンフリー アルミニウム精練法の実現に 道を開く”. Apple Newsroom (日本). 2021年12月29日閲覧。
  22. ^ Appleがベンチャーとアルミの新製錬法の確立を目指す、温室効果ガスを低減”. MONOist. 2021年12月29日閲覧。
  23. ^ バリューチェーンで協力して進める アルミ生産の脱炭素化”. PROJECT DESIGN - 月刊「事業構想」オンライン (2021年3月31日). 2021年12月29日閲覧。
  24. ^ Rio Tinto Alma smelter site for first commercial demo of ELYSIS GHG-free aluminum smelting technology”. Green Car Congress. 2022年5月7日閲覧。
  25. ^ Primary Aluminum: Inert Anode and Wettable Cathode Technology in Aluminum Electrolysis” (英語). Light Metal Age Magazine (2020年2月19日). 2022年5月7日閲覧。
  26. ^ 世界初!アルミニウム-空気電池の初の二次電池化を実現”. 富士色素 (2013年). 2022年5月5日閲覧。
  27. ^ 南條道夫, 金井俊治, 伊藤良雅, 谷内研太郎「塩浴を反応媒体とするボーキサイトの塩化」『軽金属』第34巻第7号、軽金属学会、1984年、382-388頁、doi:10.2464/jilm.34.382ISSN 04515994CRID 1390282681316784512 
  28. ^ Øye, Bjarte (2019年3月28日). “Could the chloride process replace the Hall-Héroult process in aluminium production?” (英語). #SINTEFblog. 2023年6月21日閲覧。
  29. ^ 一司, 大日方「炭素還元によるアルミニウムの製造に関する諸研究」『軽金属』第14巻第2号、1964年、120-128頁、doi:10.2464/jilm.14.120 
  30. ^ 良吉, 真保、修, 小川、秀夫, 清水、佐吉, 後藤「アルミナの高温炭素還元に関する基礎研究」『日本鉱業会誌』第103巻第1191号、1987年、325-330頁、doi:10.2473/shigentosozai1953.103.1191_325 


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