ヘモグロビン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/16 06:05 UTC 版)
以下では、特に断りのない限り、ヒトのヘモグロビンについて解説する。
構造
成人のヘモグロビンはαサブユニットとβサブユニットと呼ばれる2種類のサブユニットそれぞれ2つから構成される四量体構造をしている。各サブユニットはグロビンと呼ばれるポリペプチド部分と補欠分子族である1つのヘム部分が結合したもので、分子量は1個あたり約16,000である。αサブユニットは141個のアミノ酸からなり、βサブユニットは146個のアミノ酸から成る。ヘモグロビン分子全体(α2β2)の分子量は約64,500であり、ヘムを4つ含む。ヘムは価数が2価の鉄原子を中央に配位したポルフィリン誘導体である。このヘムの鉄原子に酸素が結合し、血液中を通って各組織へ運搬する。
酸素と結合したヘモグロビンはオキシヘモグロビン(酸素化ヘモグロビン)(oxyhemoglobin)、酸素と結合していないヘモグロビンはデオキシヘモグロビン(脱酸素化ヘモグロビン)(deoxyhemoglobin)と呼ばれる。
オキシヘモグロビンは鮮赤色で動脈血の色、デオキシヘモグロビンは暗赤色で静脈血の色である。デオキシヘモグロビンの鉄原子はポルフィリンの窒素原子とヒスチジン残基のイミダゾール環の窒素原子と配位した四面体型であり、オキシヘモグロビンはイミダゾール環の反対側に酸素分子が結合して八面体型となっている。なお、ヘム部分に酸素が結合しても鉄原子は酸化されにくく2価のままである。また、赤血球中では酸化を防ぐための還元酵素系も含まれる。しかし、一部は酸素の酸化力により徐々に酸化され、鉄原子は3価となる(自動酸化)。
- メトヘモグロビン
- 鉄原子の価数が3価であるヘモグロビンはメトヘモグロビン(酸化ヘモグロビン)(methemoglobin;MetHb)と呼ばれ、酸素結合能がなく、酸素のかわりに水がヘムの鉄原子に結合している。こちらを『酸化』ヘモグロビンと呼ぶのが正しいのだが、オキシヘモグロビン(『酸素化』ヘモグロビン)との混同が極めて多いので、注意が必要である[要出典]。メトヘモグロビンをヘモグロビンに還元する酵素は、シトクロムb5レダクターゼである。
- なお、血液中にメトヘモグロビンが多い状態をメトヘモグロビン血症と言う。
ヒトのヘモグロビンの種類
- 正常ヘモグロビン
- 胎児のヘモグロビンは2本のα鎖と2本のγ鎖によって作られたHbFが殆どであるが、生後は次第に2本のα鎖と2本のβ鎖で作られたHbAに置き換わっていく。ただし、成人でも重度の貧血が起こっている時は、HbFの割合が高くなっている場合もある[1]。
- 異常ヘモグロビン
- グロビン鎖のアミノ酸配列異常を持つヘモグロビンの総称[2]で、HbA1c に関わる検査値の異常[3][4]や貧血及び血球増多症[5]などの症候を示す[2]。
- HbSはHbAに比べて非常に溶解度が小さく、このため分子が凝集しあって鎌形となっている。鎌状赤血球は遺伝子の異常によって起こっており、β鎖の6位のグルタミン酸がバリンに置き変わっていることが主な原因である。
- 異常ヘモグロビン症
ガスと結合した場合の変化
- 酸素が多い環境
- オキシヘモグロビン(酸素化ヘモグロビン、酸化ヘモグロビン、oxyhemoglobin、O2Hb、HbO2) - 酸素と結合した状態。酸素の運搬は、通常98%オキシヘモグロビンが使用される[7](高圧酸素治療の際には、高圧をかけて血漿に溶け込ませて運ばれる)。
- 血中の二酸化炭素が多い環境
- デオキシヘモグロビン(脱酸素化ヘモグロビン、還元ヘモグロビン[8]、deoxyhemoglobin、HHb)- 酸素がない状態。水素イオンと結合
- カルバミノヘモグロビン - 二酸化炭素がヘモグロビンのアミノ基と結合した状態。血中二酸化炭素輸送の約11-23%がこの形態で、70-85%が炭酸脱水酵素で変換された炭酸水素イオン、7%が二酸化炭素として血漿に溶け込み肺に送られ換気される。
- 一酸化炭素との結合
- カルボキシヘモグロビン( COHb もしくは HbCO ) - 一酸化炭素とヘモグロビンが結合した状態。異常ヘモグロビンに分類される。酸素より親和性が高く酸素と結合しなくなるので、血中の酸素を運ぶ機能が損なわれる。COHb10%を超えると一酸化炭素中毒の症状が出始め、それ以上になっていくと死亡することもある[9]。高気圧酸素治療によってヘモグロビンに頼ることなく血漿に酸素を溶かして体内を循環させることができるとともに、カルボキシヘモグロビンの半減期を短くする効果が確認されている[10]。一酸化炭素の結合したヘモグロビンは光を照射することで、結合を切ることができる[11]。
機能
血中酸素分圧の高いところ(肺)で酸素と結合し、低いところ(末梢組織)で酸素を放出する。1つのヘムに酸素が結合するとその情報がサブユニット間で伝達され、タンパク質の四次立体構造が変化し、他のヘムの酸素結合性が増えより酸素と結合しやすくなる。このことをヘム間相互作用といい、酸素運搬効率を高めている。
また、pHが低く二酸化炭素が多い環境下では、ヘム蛋白のN末端にあるバリン基に水素イオンまたは二酸化炭素が結合してヘム間相互作用を阻害する結果、酸素との親和性が下がる(ボーア効果)。さらに、嫌気的解糖(酸素が少ない環境下での、酸素を用いないブドウ糖の分解によるエネルギー産生)の中間代謝産物であるグリセリン2,3-リン酸(2,3-diphosphoglycerate:2,3-DPG)がβサブユニット間に結合することによっても酸素との親和性が下がる。
ヘム間相互作用と、それに拮抗して働く水素イオン、二酸化炭素、2,3-DPG効果のためにヘモグロビンの酸素解離度曲線はシグモイド状になり、酸素分圧が高い肺胞毛細血管では酸素と結合しやすく、酸素分圧が低く、二酸化炭素濃度が多い末梢組織では酸素と解離しやすくなっており、効率よく酸素運搬が行われる。
同じく呼吸に関わる呼吸色素ミオグロビンはより酸素を放出しにくいので、筋肉のような酸素を多量に必要とする組織では、酸素の貯蔵庫として働くミオグロビンに酸素が渡される。
- ^ ヘモグロビンF
- ^ a b 加藤真由佳, 田中雅彦, 松井みどり, 橋本由徳, 神谷葉子, 神谷剛, 渡邉賢司「ヘモグロビンA1c異常低値を契機に診断された異常ヘモグロビン症の2家系,4例」『医学検査』第63巻第4号、日本臨床衛生検査技師会、2014年7月、434-439頁、doi:10.14932/jamt.13-109、ISSN 0915-8669。
- ^ 木下真紀「意外に多いヘモグロビン異常症:-ヘモグロビンA1c 値に与える影響-」『天理医学紀要』第23巻第2号、天理よろづ相談所 医学研究所、2020年、88-95頁、doi:10.12936/tenrikiyo.23-019、ISSN 1344-1817、NAID 130007961322。
- ^ 石井宏明, 樋端恵美子, 村山秀喜, 小林則善, 小林龍彦, 床尾万寿雄「HbA1c偽高値から見つかった非糖尿病異常ヘモグロビンHbCの日本人高齢者の1例」『糖尿病』第64巻第3号、日本糖尿病学会、2021年、185-190頁、doi:10.11213/tonyobyo.64.185、ISSN 0021-437X、NAID 130008007323。
- ^ 宮地隆興, 大庭雄三「異常ヘモグロビンと赤血球増多症」『臨床血液』第15巻第3号、日本血液学会、1974年、257-261頁、doi:10.11406/rinketsu.15.257、ISSN 0485-1439、NAID 130004917478。
- ^ 牧野理沙, 松林正, 大箸拓, 澁谷温「異常ヘモグロビン症の日本人症例5例の臨床学的および細胞学的検討」『日本小児血液・がん学会雑誌』第56巻第2号、日本小児血液・がん学会、2019年、229-233頁、doi:10.11412/jspho.56.229、ISSN 2187-011X、NAID 130007705325。
- ^ 生物学 第2版 — 第39章 呼吸器系 — 著:オープン教育リソース(OER : Open Educational Resources)、翻訳;Better Late Than Never
- ^ 血液の色や血流量に着目 日経DI2013年8月号
- ^ 一酸化炭素中毒 出版者:MSDマニュアル プロフェッショナル版 執筆者: Gerald F. O’Malley , DO, Grand Strand Regional Medical Center;Rika O’Malley , MD, Albert Einstein Medical Center
- ^ “Carbon monoxide poisoning: mechanisms, presentation, and controversies in management”. The Journal of Emergency Medicine 1 (3): 233–43. (1984). doi:10.1016/0736-4679(84)90078-7. PMID 6491241.
- ^ 急性一酸化炭素中毒における光照射を用いた新しい治療についての検討 日本高気圧環境・潜水医学会雑誌 vol.43 No.4 2008年12月31日 pp195- 201
- 1 ヘモグロビンとは
- 2 ヘモグロビンの概要
- 3 生物界におけるヘモグロビン
- 4 著名な研究者
- 5 関連項目
ヘモグロビンと同じ種類の言葉
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