30系初期車の廃車とは? わかりやすく解説

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30系初期車の廃車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/07 08:27 UTC 版)

大阪市交通局30系電車」の記事における「30系初期車の廃車」の解説

万博前後大量に導入され大阪市営地下鉄全体輸送力向上に貢献した30系であったが、新製から20年経過する1980年代後半には、様々な改修改良工事施工されたにもかかわらず、後に登場した10系20系比較して接客設備について陳腐化が目立つようになった。特に、この時期には車両冷房化が各社進んでいたことと、御堂筋線混雑率が非常に高かったことから、先述の2系列比較して冷房装置が非搭載であったことは接客面で非常に大きな格差として注目されるようになったこのため30系冷房化改造することが検討されたが、全車改造対象とした場合膨大な費用改造工事が必要であったこと、更に初期アルミに関して改造に伴う溶接欠陥評価手法などが未確立時期であったことと、新製製造時の軽量化が仇となり冷房化改造による重量増加車体負担大きくなることが予想された。このまま車体更新行なえ使用できる車齢であったが、冷房化改造比較的車齢の若い新30系のみ行うこととなり(後述)、冷房化改造見送られ初期車は、新20系導入して置き換えることとなった廃車始まったのは1991年平成3年)である。御堂筋線所属していた3019Fが千日前線転用される際、余剰となった3119・3219・3619・3719・3819の5両が6月28日付で廃車となっており、これらが30系初期車の初の廃車となっている。また一連の初期車廃車は、1995年8月1日付で廃車された谷町線用の3087Fまで続いた。 また新30系からも、余剰となる5両が廃車された。中央線用では最終増備となる1984年製造の4両のうち、冷房化中間車改造された3097を除く3043・3543・3597が廃車された。特に、3043・35431993年7月10日付で廃車されており、約9年歴代30系の中で最も在籍期間短かった車両であった谷町線用の3594・3595は編成組替による余剰廃車となった。 この一連の廃車によって30系1991年6月から1995年8月の間に万博開幕時に製造され280両全車と新30系5両の計285両が廃車され、1973年以降製造された「新30系」と呼ばれるグループ属す78両が残るのみとなった

※この「30系初期車の廃車」の解説は、「大阪市交通局30系電車」の解説の一部です。
「30系初期車の廃車」を含む「大阪市交通局30系電車」の記事については、「大阪市交通局30系電車」の概要を参照ください。

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