連載開始から連載終了までの経緯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 03:14 UTC 版)
「ドラゴンボール」の記事における「連載開始から連載終了までの経緯」の解説
5週連続カラーという大々的な扱いで連載開始されるも当初はあまり人気がなく、開始当初は期待票もあり良かったものの、徐々に人気は下降し、アンケート結果における順位が15位になることもあった。担当の鳥嶋に「主人公が地味だ。だから人気がないんだ」と指摘された鳥山は、以後「強さを追い求める主人公」というテーマを作品に持たせることになる。その発想から一旦サブキャラクターを下げて修行編を作り、その成果を見せるために天下一武道会が始まり、主人公である孫悟空のキャラクターも確立され、人気も急激に上昇する。同じ頃にフジテレビから集英社に話があり、アニメ化に繋がった。 天下一武道会編で読者アンケート1位を獲得。その後、連載終了まで不動の1位となる。その人気は漫画の枠を越え、アニメ『ドラゴンボール』第47話で最高視聴率29.5%を記録。ファミコンソフト『ドラゴンボール 神龍の謎』は120万本の出荷を記録するなど、圧倒的な支持を集めた本作の終了を編集部がそう簡単に認めるわけもなく、『週刊少年ジャンプ』の歴代人気作品と同様に連載は続行されることになる。フリーザ編が佳境に入る頃にはさらに人気が沸騰し、1991年に行われた『週刊少年ジャンプ』の1000票アンケートで815票を獲得。経済効果も日本国外への翻訳やアニメの番組販売によって、日本国内のみならず世界的な規模へと拡大していった(詳細は#日本国外での展開を参照)。連載が終了すれば、『週刊少年ジャンプ』本誌の発行部数に直接与える影響のみならず、発行元の集英社、メディアミックス展開で中核をなしてきたバンダイ、フジテレビ、東映動画(現・東映アニメーション)、その他この作品に関連した各種ビジネスを行っている各企業の業績や株価に対して多大な影響を及ぼす可能性が考えられ、人気作の連載を簡単に終わらせるわけにはいかない状況が形成されるに至った。 1995年の連載終了については、鳥山の強い要望によるものであったとはいえ、最終的には関係各社のトップ級会議などの調整や各社の上層部による経営判断を必要とし、関連企業の株価・業績への影響を最小限に抑えるべく様々な配慮や下準備を行った上でようやく実現できたという、前代未聞の事態となった。後に鳥山は魔人ブウ編について「漫画を描いている自分でさえイヤになるほど激しくくどい闘いの連続。血圧高めで薄味好きのオジサンになってしまった今では、もうこんな闘いは描けない。というか、これ以降、闘いの漫画を描く気がなくなってしまった」と告白している。魔人ブウ編開始前、鳥山はブウ編が終わったら連載を終了する約束を集英社と取り付けていたが、当時の編集長であった堀江信彦はその事実を途中まで知らされていなかった。 こうした背景もあって、本作は延べ10年半に及ぶ長期連載となった。連載終了についての事前の告知は行われず、最終話でもまだ悟空の冒険が続くようなシーンで終了している。
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