製版までの工程
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/11 07:23 UTC 版)
「不思議の国のアリスの挿絵」の記事における「製版までの工程」の解説
テニエルによる『アリス』の挿絵は、いずれも木口木版(こぐちもくはん)によって作られた木版画である。木材を輪切りにした断面に彫りつけるこの方法は、木材を縦に挽き割った断面を用いる板目木版(いためもくはん、浮世絵などはこちらを使用する)よりも緻密な描写が可能であり、銅版画のように原版の扱いが難しくないうえ、エレクトロタイプ(英語版)によって容易に原版を複製することもできたので、当時のイギリスの挿絵のほとんどはこの方法で刷られていた。このような木版では、ふつう挿絵画家は描きたい絵を原版に左右逆にして直接描き付け(コントラストを強めるために、版には「のろ」と呼ばれる、石灰水とでんぷん・糊を混ぜた液体が塗られた)、それを専門の彫版師が、何も描かれていない部分を削って線を浮き立たせるようにして彫ることによって凸版を作った。不規則な描線やクロスハッチ(ハッチング、斜線を複数方向にいくつも重ねて陰影をつける方法)をも再現しなければならないため、彫版師には何時間にもおよぶ緻密な手作業が要求されたが、『アリス』の挿絵がこのような職人作業のうえで成り立っていることに思いを馳せるものは当時も今日もほとんどいない。 テニエルの場合は、最初から原版に描くのではなく、まず普通の紙にスケッチしておいて、トレーシングペーパーを用いて原版に左右逆に輪郭を転写し、その上で硬い鉛筆を使って細かい書き込みを行うのが常であった。『アリス』の挿絵でも同じ方法を取ったと考えられる。『アリス』の挿絵の原版作成に用いられたと見られる、ブリストル紙(英語版)に描かれたテニエルの下絵では、なぜか細かい点まで克明に仕上げた線描画となっているが、おそらく仕上げ作業に入る前にキャロルに確認を取るためだったか、あるいはすでに原版に描き込んだ絵の補足をするために彫版師に送ったものであろう。いずれにしろこれをもとにして彫版師が仕事をしたのだとすれば、彫版師は非常に忠実にテニエルの線描を再現していることになる。 テニエルによる二つのアリス物語の挿絵の彫りを担当したのは、当時この分野でもっとも名高かったダルジール兄弟(英語版)であった。彼らはジョージとエドワードの兄弟で、さらに二人の弟と妹、それに何人かの職人たちの協力のもとで彫版工房を経営しており、時には挿絵本のプロデュースや印刷を手がけることもあった。兄弟はのちに、両『アリス』の挿絵について、キャロルがテニエルの線描画にも木版画にも繰り返しクレームを入れたと回想しているが、最終的にはキャロルの側に後にひくような不満は残らなかったようである。 キャロルは製版・印刷に細かく注文をつけるにあたり、挿絵と本文との対応関係にも非常に注意深く気を配った。キャロルが監督した初期の『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』の版では、本文で言及されたものの絵が必ずそのすぐ横にくるように配置されており、また叙述の瞬間と挿絵の瞬間がどこでもほぼ一致するように配慮され、いくつかのページではちょうど本文が挿絵のキャプションとしても機能するようになっている。しかし普及版をはじめとする後年の版では、こうしたもとの配慮が失われて挿絵のインパクトが減じられているものが少なくない。
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