波田堰
上海渡分水工 | 疏水の概要 | |
■疏水の所在 長野県東筑摩郡波田町 受益面積 約283ha ■所在地域の概要 当該地域は、信濃川水系梓川が松本盆地へ出る扇状地の開口部の右岸に位置し、そこに広がる農業地帯の一部を形成している。また、国道、県道が縦横に走り、中央道等の高規格道路が近くに走るなど首都圏や中部地方・京阪神地方への食糧供給基地としての役割を担っている。特に、この地域から出荷されている松本ハイランドスイカ(下原スイカ)は格別の評価を受けている。 ■疏水の概要・特徴 波田堰は遠く明治時代の初期、下波多村(現在の中波田、下波田)は沢水によるわずかな水田しかなく、作物の主体は粟、稗、麦等で、その収穫も極めて少なく、高い年貢に苦労していました。この窮状を救い、農業経営の安定と発展のために、動脈となる水利計画を立て、梓川筋下流の既設諸堰の反対を退け、資金に施工に幾多の困難を克服して、当時の庄屋である波多腰六左は、明治2年に波田堰の開鑿に着手しました。明治7年には通水し、そして明治15年200町歩の開田に成功しました。 以来、この大事業によって、100年以上にわたり地域の人びとの飲料水、農具・野菜などの洗い場、また防火用水として使用され、波田町の農業の発展はもとより、ついては町の発展をも支える無くてはならない疏水であります。総延長23km、灌漑面積300haに及ぶ 波田堰幹線・支線用水路は、現在土地改良区が管理し、かけがえのない水の供給を行っています。 |
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