板ガラス原料からの転換と閉山
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/19 02:09 UTC 版)
「伊豆珪石鉱山」の記事における「板ガラス原料からの転換と閉山」の解説
選鉱技術の進歩により、1950年頃には愛知県瀬戸市周辺で産出される珪砂利用の目途が立った。板ガラスの生産量が増加する中、1955年頃から瀬戸市周辺で産出される珪砂の生産量が急速に増大した。伊豆珪石鉱山の板ガラス原料としての珪砂のシェアは徐々に低下していき、1967年には旭硝子製の板ガラス原料の約4分の1程度となった。そのような中で伊豆珪石鉱山の珪石は、1958年からは断熱建材用としての利用が始まり、1965年からは軽量気泡コンクリート(ALC)の骨材としての利用が始まった。その後、農薬キャリア(増量剤)用の珪石粒としての利用もされるようになった。 1959年の記録では、伊豆珪石鉱山では階段式露天掘りによって月に約1万トンの珪石を採掘していた。採掘された珪石は山元と海岸付近の砕鉱所で破砕され、ドイツハンブルク港の港湾設備に倣った、1時間当たり150トンの処理能力がある可動式の自動積み込み設備で船に積み込まれ出荷された。2006年の時点では、採掘された鉱石をまず各用途に適する品位ごとに分け、改めてX線分析装置にかけて品位のチェックを行った上で破砕に回された。軽量気泡コンクリートの骨材は鉱山に隣接した第一砕鉱所で30ミリメートル以下に破砕されて出荷した。一方断熱建材用、農薬キャリア用は第一砕鉱所で5ミリメートル以下まで破砕された鉱石を、更に宇久須港に隣接した第二砕鉱所で1ミリメートル以下に破砕、篩分けして出荷していた。 板ガラス原料以外の断熱用建材、軽量気泡コンクリート骨材としての利用が広がる中で、伊豆珪石鉱山では珪石鉱床ばかりではなく、明礬石を含む部分も採掘されるようになる。軽量気泡コンクリートはトバモライトという物質が結合剤として作用するが、伊豆珪石鉱山の珪石は結晶度が低いために反応性に優れ、また鉱石中に含まれる明礬石がトバモライトの生成を促進するため、軽量気泡コンクリートの骨材として極めて優れた性質を持ち、ほぼ市場を独占していた。 最盛期には年間約100万トンの鉱石を採掘し、1992年の記録によれば、軽量気泡コンクリートの骨材としての国内シェアは約75パーセントに達していた。伊豆珪石鉱山を経営する東海工業は賀茂村における数少ない雇用先として、東海工業の好不況が村内の商店の売り上げに直結していた 断熱用建材、軽量気泡コンクリートの需要に対応していくため、板ガラス原料としての珪石産出は中止されることになった。1989年10月、伊豆珪石鉱山の板ガラス原料採掘は終了した。 2008年に伊豆珪石鉱山は資源の枯渇により閉山した。採掘跡の土壌は強酸性である上に浸食が激しく、植物の生育が妨げられているが、緑化の努力が続けられている。また2015年2月には伊豆珪石鉱山の採掘跡に、大規模な太陽光発電施設が完成して操業を開始している。
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