戦後の南紀直通列車の復活
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「くろしお (列車)」の記事における「戦後の南紀直通列車の復活」の解説
1948年(昭和23年)7月1日:不定期列車として天王寺駅・和歌山市駅 - 新宮駅間で夜行準急列車2010・2011列車が運行開始。この列車が大阪対南紀直通優等列車の戦後復活運行とされる。 1949年(昭和24年)9月15日:2010・2011列車が天王寺駅 - 新宮駅間を運行する準急列車として定期列車化。 1950年(昭和25年)4月1日:天王寺駅 - 新宮駅間で毎日運転の臨時列車として準急3401・3400列車が運行開始。 10月1日:天王寺駅 - 白浜口駅間で土日運転の臨時快速列車3402・3403列車「黒潮」(くろしお)が運行開始。3401・3400列車が定期列車化され、105・106列車になる。 1951年(昭和26年)4月6日:南海線難波駅発着の「黒潮」が運行開始。ただし、運行当初は南海所有の客車が存在しないため、国鉄所有車両が乗り入れることになる。 5月7日:夜行準急列車108・7列車が普通列車になる。 1952年(昭和27年)4月1日:準急列車105・106列車に「熊野」(くまの)の列車名が与えられる。 4月5日:週末準急「はまゆう」が天王寺駅 - 白浜口駅間で運行開始。 5月:このころから「黒潮」の難波発着編成に南海所有客車サハ4801形客車が使用開始。ただし、1両のみの所有であったため、多客時には国鉄所有車両を貸し出す形で運用。 1953年(昭和28年)3月20日:毎日運転の臨時列車として準急「南紀」(なんき)が天王寺駅 - 白浜口駅間で運行開始。 11月11日:「南紀」が定期列車化。 1954年(昭和29年)10月1日:「黒潮」が準急列車化。天王寺駅 - 白浜口駅間で臨時急行「はまゆう」が運行開始。 1956年(昭和31年)11月19日:ダイヤ改正に伴い、毎日運転の臨時列車として臨時準急「しらはま」が天王寺駅 - 白浜口駅間で、新宮駅 → 天王寺駅間で準急103列車が運行開始。また、「黒潮」「熊野」が「くろしお」「くまの」のひらがな表記になる。 1957年(昭和32年)10月1日:「しらはま」が定期列車化。 1958年(昭和33年)10月1日:準急103列車に「はやたま」の名称が与えられる。 12月1日:キハ55系気動車による全車座席指定制の準急「きのくに」が天王寺駅 - 白浜口駅間で運行開始。それに伴い、阪和線内で運転されていた料金不要の「特急電車」は「快速」に、「急行電車」「準急電車」は「直行」(現・区間快速)に改称。
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