内藤聡時代
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「サタデー&サンデー・エクスプレス」の記事における「内藤聡時代」の解説
前述通り、JFN系列のFM局では、東京発の番組がネットで流され、週末のイメージとしてゆったりとした雰囲気の曲選がされていて、なおかつ芸能人DJが多いのが定番と化していたのだが、このサタデーエクスプレスの登場で内藤本人のキャラクターに加え、最新のヒットナンバーはもちろん、90年代や80年代の洋邦、懐メロから演歌に至るまで、『局にある曲なら何でもかけます』をコンセプトにしていた結果、相当数のリスナーを獲得し、聴取率調査でFM AICHIがZIP-FMなどの在名局を抑えてトップになる原動力となる。 内藤本人からの告白では本来は『落ち着いた、アーバンチックな番組をやるつもりだった』との事だったのだが、ある日アイドルグループTOKIOのリクエストに対して、当時のADが沢田研二のヒット曲『TOKIO』を持ってきてしまい、やむなく『こちらが見つかりました!』とばかりに放送で流したのがきっかけで、内藤本人だけでなく本来は裏方さんであるディレクターやADまでもコミカルなキャラクターを番組で演出していく事になる。結果的にこのミスと、スタッフはもちろんリスナーまでをも『サタエクチーム』と連係を重視し、従来から『FM番組』の持つハードルが高いイメージを崩すことで、サタエクは週末の怪物番組へと化けていく事になる。 かつてリスナーからの投稿で『FM番組らしくない』とか『昭和の匂いのする番組だった』と評されていたのは、ある意味FM AICHI内では革命的な番組で、それだけ今までの番組が『ハードルが高かった』事を意味しているのかもしれない。実際に、番組内で流れる日本道路交通情報センター監修の道路情報を伝えるオペレーターの人ともクロストークを展開するなど、懐の深い内容でかつて無い番組作りを見せ、リスナーの中には番組のコーナーはもとよりクロストークを楽しみにしている人もいたくらいだった。 サタエクでの成功を見て、FM AICHIは日曜日の朝にも独自の情報番組枠を組み、サンデーエクスプレスという番組をスタートさせる。 同じ『エクスプレス』の名前を冠した為に、当初はリスナーも『土曜日の放送時間に間に合わなかった内容』の投稿が有ったりして、土曜日とは全く違った内容にするのに苦心していたようだ。 初期の頃から、内藤が柔らかくも『土曜日の番組の方にお送りください』とアピールしていたのが功を奏したのか、少しずつでは有るがリスナーに別物としての番組が浸透していったようだ。 しかし、サタエクでの内藤の個性の強さ、また、内藤自身が『別物』を強く意識しすぎたためか、サンエクはサタエクほどのブレーク感は強くなかったように思えたが、日曜日の従前の番組には無かった存在感は十分に発揮していたと思われ、成功したと言ってもいいだろう。 なお、2006年8月からPodcastを使って自主制作ながら約20分程度の録音放送を行っている。iTunesなどのフリーソフトを持っていれば聞くことができる。
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