京極高次とは? わかりやすく解説

きょうごく‐たかつぐ〔キヤウゴク‐〕【京極高次】

読み方:きょうごくたかつぐ

[1563〜1609]安土桃山江戸初期武将。妻は豊臣秀吉側室淀君の妹。織田信長、のち豊臣秀吉仕え九州征伐などに従軍近江(おうみ)大津城主。関ヶ原の戦いでは東軍につき、若狭小浜85千石城主となる。


京極高次(きょうごく たかつぐ) 1563~1609


京極高次

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/25 14:42 UTC 版)

京極 高次(きょうごく たかつぐ)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将大名若狭国小浜藩の初代藩主。


注釈

  1. ^ この貴人たちには十一、二歳の幼い子息が一人あって、この頃、他所で信長に仕えていた。父親は彼が帰った時に家族全員と共に洗礼を受けさせることに決めていたが、それより数日後、我らの主が父親を御許に召し給うたので、その望みは叶えられなかった。彼の死によってその子息ならびに家人は皆、依然として異教徒のままであり、父の死は神と仏の罰によるものと考えて非常に畏れた。」[2]

出典

  1. ^ a b 清水有子、2017年、308頁
  2. ^ 松田毅一監訳「十六・七世紀イエズス会日本報告集」第Ⅲ期6巻、同朋舎、1991年、54-55頁。 1582年2月15日付、長崎発信、ガスパル・コエリュ師のイエズス会総長宛、(1581年度)日本年報
  3. ^ 村川浩平「羽柴氏下賜と豊臣姓下賜」『駒沢史学』第49号、1996年。 
  4. ^ a b 御厨義道 著「関ヶ原合戦における京極高次と大津籠城」、橋詰茂 編『戦国・近世初期西と東の地域社会』岩田書院、2019年。 
  5. ^ 『長編歴史物語戦国武将シリーズ(1)立花宗茂』九十一 大津の戦い P.245~248
  6. ^ 『旧柳川藩志』第十八章 人物 第十三節 柳川人物小伝(三)世戸口政真 870頁
  7. ^ 『旧柳川藩志』第十八章 人物 第十六節 柳川人物小伝(六)立花政辰 954頁
  8. ^ 中野等、穴井綾香『柳川の歴史4・近世大名立花家』P.178
  9. ^ 関原軍記大成 P.48
  10. ^ 『慶長武士』P.142~144
  11. ^ 『日本戦史・関原役』(第七篇 本戦前後東西各地ノ諸戦 第九章 大津)
  12. ^ 結城了悟、2004年、291頁
  13. ^ a b 清水有子、2017年、313頁
  14. ^ 五野井、1990年、192頁
  15. ^ 清水有子、2017年、314頁


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